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January 13, 2012

Daily Oregraph: 彼は昔の……

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 ハローワークの書類を読んだら、出頭する際には最近3ヶ月以内に撮影された顔写真を2枚用意せよというので、いやいや(笑)自分撮りをした。雇用手当なるものを受給するかどうかは別にしても、顔写真のために門前払いを食らって出直すのはシャクだからだ。お役所というのは、できれば行きたくない場所の筆頭である。

 なお上の画像はリハーサル風景(?)である。このあとワイシャツを着てネクタイを締めたのだから、どうかご安心いただきたい。

 かなり加工してあるのは、いきなりヘンな写真をお目にかけるのは失礼だということもあるけれど、結局は北海道弁でいうところの「みったくない」せいである。「みったくない」というのは、たぶん中世に使われた「みたむない」の生き残りだろうから、由緒ある方言をバカにしてはいけない。

 方言同様、おじさんだってバカにしてはいけないのだが、撮った写真を見てガッカリしてしまった。ふだん鏡を見る習慣がないから、たまに自分の写真を見るとビックリ仰天するのである。リアリスト失格だね。

 -この人、だれ?

 ほんとうに「知らねえよ、こんなジジイ」といいたくなるのだから情けない。

 さて、知らないといえば、まだ古新聞を読みかけなのだが、『きまぐれオレンジ・ロード』というマンガの作者である、まつもと泉氏。なんだよ、そのマンガ? だれなんだよ、この人? と思いながら読み進めていくと、欧米にも非常にファンの多い大漫画家なのだそうな。

 外国人も知っている日本の有名漫画家を、どうしておれが知らないんだ?

 ようするに1980年代以降の文化の動きについては知識が大きく欠落し、興味がひどく偏ったまま年を重ねているうちに、自分でも顔を識別しかねるヘンなおじさんが一丁出来上がりになったということらしい。

 悲しい一日であった。

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Comments

いやあ~私も久しぶりに必要があって照明用の写真を照ってびっくり・・・いつの間にこんなに老け込んでしまったのか・・・
カメラとはなんと冷徹な・・・・

ところで「みったくない」ですが、私の暮らしていた東松島でも言っていましたよ。もっとも少々訛って「みでぐね」となってましたがね。

Posted by: 三友亭主人 | January 14, 2012 at 07:35

>三友亭さん

 写真をレタッチソフトで加工すれば、確実に若く見せることができるんですけど(笑)、リアリストとしてはさすがにねえ……

 「みったくない」も「しばれる」も、北海道方言と思いこんでいる方がおいでですけど、もともとは東北方言ですよね。北海道独自の方言というのは案外少ないはずです。

 そういえば、以前ちょっと触れましたけど、万葉集の防人の歌なんか、方言混じりだったり、リズムが整っていなかったりしたものに、インテリ編集者が手を入れたんじゃないかと想像しています。

 そもそも識字率がどうだったのかという疑問もあり、地方の役人が筆をなめなめ、「おめ、そでないべや」とかなんとかいいながら直し直し書き取ったものになお訛りが含まれていたので、さらに中央で修正を加えたにちがいないというのがぼくの見解です。

 ……なんてことをいったら、国文科の先生に「おめ、はんかくさいこというんでねえの」と叱られたりして(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | January 14, 2012 at 09:11

こんにちは!
自分の顔はほぼ毎日、顔を洗うとき、
ネクタイを締めるときに見ているはずなのですが、
写真に写る自分との違いに驚きますね。

おそらく自分の顔は鏡像でしか見ることができず、
同時に見た瞬間に脳内補正をかけている、
または自分でいい顔にしている、
ということが原因かもしれませんね。

Posted by: 只野乙山 | January 14, 2012 at 18:36

>只野乙山さん

 みっともない画像をお目にかけて、まことに申し訳ありません。

 ぼくはふだんめったに鏡を見ないんですよ。「鏡よ、鏡……」とは、とても怖くていえません(笑)。

 おそらく鏡像の脳内補正というのは図星でしょう。しかし悲しいことに、写真はダメですね。残酷なものです。

Posted by: 薄氷堂 | January 14, 2012 at 21:06

>万葉集の防人の歌なんか、方言混じりだったり、リズムが整っていなかったりしたものに、インテリ編集者が手を入れたんじゃないか

これはおそらくは正しい推定でしょうね。ひょっとしたら57577ではない形で詠まれていたものを57577に改めたのでhがあ内かという説もどこかで見たことがあります。

防人の歌の多くは万葉集の巻20におさめられているのですが、これは防人が九州に旅立つ前に難波に集結した際に集められたもの。おそらく集めたのは当時兵部少輔として防人にかかわっていた大伴家持。

これらの歌で防人たちの悲しみを知った家持は上司である橘奈良麻呂に防人の廃止を進言し、のちに防人が中断されたのだろうとの説は私の師商の師匠伊藤博のもの。

Posted by: 三友亭主人 | January 14, 2012 at 21:58

>三友亭さん

 素人が勝手な想像でものをいって申し訳ありません。

 でもたとえまちがっていたとしても、こういう想像は必要なんでしょうね。教科書をそのままハイハイと読むだけでは、受験勉強の延長にすぎませんから。

 万葉集は角川の『鑑賞日本の古典文学 第3巻 万葉集』と、白川静先生の『後期万葉論』しか本棚にはありません(どちらも全然読んでいません。おはずかしい)。

 いま角川版を開いてみたら、巻末に伊藤博(はく)先生の「彬彬の盛」という文章が載っていました。

 手元にある二冊だけでも、そのうちきっと読むことにします。なにしろ今はまだ『古文研究法』を134頁までしか読んでいないものですから。

 て て つ つる つれ てよ

 なんだか遠い昔にやったような記憶がボンヤリと……(笑)

Posted by: 薄氷堂 | January 14, 2012 at 22:28

「彬彬の盛」は・・・今手元にないんですが(それが載ってる本を人に貸してそのままになっています)結構素敵な文章だったような気がします。
白川先生は確か薄氷堂さんの出身校の先生でしたよね。万葉集というよりは漢字の碩学です。

Posted by: 三友亭主人 | January 14, 2012 at 23:31

>三友亭さん

 読むべき本が多すぎて途方に暮れています。なにかと雑用があるので、落ち着いて読書に専念できないものですね。やはり本を抱えて湯治にでも行かなくちゃ(笑)。

 白川先生は短歌もたしなんでおられたようです。万葉集については「初期には半島の文化、後期には中国詩文の影響がみられる」として、長年に渡り特別の関心をお持ちだったとのこと。

 えらい先生とただの酔っ払いのちがい、かくのごとし。

Posted by: 薄氷堂 | January 15, 2012 at 22:41

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