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December 07, 2011

Daily Oregraph: 雲仙丸の写真

 今日はひと休みして、昔の船の話題でも。

 石炭列車の記事第8回(12月5日)でも触れたように、日本郵船の釧路~東京(芝浦)定期貨客船雲仙丸(3,140総トン)は、昭和25年に初入港したが、

 釧路-東京間月3回の運航で、釧路からの乗客は月平均300人前後、貨物は木材、洋紙、パルプ、海産物、魚油、雑穀、でんぷんなどだった。しかし、1954年(昭和29年)同船は運輸省航海訓練所の練習船となり、市民に惜しまれつつ、その役目を終えたのである。-釧路港開港百年誌 p. 138(平成12年 釧路新聞社刊)

 同書の写真によれば、本船は北埠頭西側岸壁に接岸していた。

Unzenmaru

 上の写真は、会社の古いアルバムにあったものである。左は最後の航海のときのもの、右は(たぶん練習船として改装され)銀河丸と改名後に入港したときのもの。

 どちらも画面のサイズはわずか52ミリ四方という小さなもので、印画紙でいえば名刺判にプリントしたものだろうか。もっと大きいものが残っていないのは残念である。しかも撮影位置とレンズの画角のせいで、写真左には船体が半分しかおさまっていない。

 あまりにも残念だから、日本郵船の『船体写真集』(昭和42年刊)に掲載されている写真をごらんいただきたい。

Nyk_unzenmaru

 本書によれば、
九州、大連線用として昭和17年10月に建造した優秀船であり、なるほどたいへん美しい船である。第一級の芸術品といってもよいのではないだろうか。大型豪華客船もいいけれど、ぼくなどはこちらのほうに心が惹かれる。

 さてせっかくアルバムからみつけた写真だから、スキャナで読み取って記念に残しておくことにしよう。実物よりずっと大きいサイズで鑑賞できるのはデジタルの威力。

540826_unzenmaru

550930gingamaruex_unzen

 ぼくの推測だが、下の写真で手を振っているのはNYK釧路出張所(当時は出張所があった)の女子事務員。通船に乗って沖へ出迎えに来たところを撮ったものだろう。

 当時はみなさん純情だったのである。ちょっと胸がジーンとするいい写真だと思う。

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Comments

いいなあ・・・船って・・・

海に育ったこともあってやっぱり船は好きですね。

もっとも私の住んでいた場所で見えたもっとも大きな船は、日本がまだ諒解3海里制をとっていた頃に見えたソビエト漁船団でしたが・・・

ところで日本郵船と言ったら確か内田百間が勤めてた会社でしたよね?

Posted by: 三友亭主人 | December 07, 2011 at 22:39

>三友亭さん

 特に昔の船はビューティフルですね。年のせいかな(笑)。

 雲仙丸については資料をみつけましたので、別に記事をもうひとつ作成する予定です。わが社は末端の代理店にすぎませんが、数年前まで出張所の看板が残っていたものですから、社史のたぐいはかなり本棚にあるのです。

 内田百間は嘱託でしたか。どこかで関係する文章を読んだのですが、出所を思い出せませんでした。

 郵船は文章にやかましい会社ですから、百間先生にはふさわしいかもしれませんね。データがみつかったらいずれ。

Posted by: 薄氷堂 | December 08, 2011 at 18:02

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