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October 22, 2011

Daily Oregraph: 土曜サスペンス劇場 襟裳岬の謎

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 -ふむ、ちょいとつげ義春風の景色だな。

 風采の上がらぬ男はそうつぶやいて、いったん外した銀縁のメガネをかけ直した。年の頃は六十近く、だぶだぶの着古したグレーの背広に擦り切れた地味なネクタイ、茶色の革靴は薄汚れたままである。白髪まじりの髪には櫛を通した形跡がなく、第一床屋に行ったのはどう見ても数ヶ月前らしかった。

 満足な食事を取っていないのか、やせこけて骨と皮、シワだらけの顔の中に埋没しかけた細い目に、あるかなきかの低い鼻……とても若い女から声をかけられるようなおじさんではない。

 -警部、木紛(きまぐれ)警部! 遅かったじゃありませんか。

 背後から声をかけられた男がゆっくり振り向くと、若い刑事が息を切らして駆け寄ってくるところであった。

 -おお、鵜狩(うっかり)君か。君、レストハウスでラーメンを食ったね。

 -えっ、どうしてわかりましたか?

 -ネクタイにシナチクの切れ端がついておる。

 諸君、人をみかけで判断してはいけない。木紛警部こそは、北海道警察にその人ありと知られた名探偵で、これまで数々の難事件を鮮やかに解決してきたのである。

 鵜狩刑事はきまり悪そうにシナチクをはじいた指で鳥居の方向を指しながら、

 -被害者はあの鳥居の前に倒れていたのです。観光客が通報したので、すぐに救急車でえりも町の病院に搬送されたのですが、さきほど死亡が確認されました。死因は打撲による右側頭部の陥没です。

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 -鵜狩君、この鳥居は?

 -あの石碑に刻んだ文字がすり減って読みにくいんですけど、「襟裳神社旧鎮座詞跡」と書いてあるようです。被害者はカメラを二台……一台を右手に握りしめ、もう一台は右肩から左脇に向かって斜めにかけた状態であおむけに倒れていました。

 -なるほど。しかし負傷した現場はここじゃないな。

 -おお、さすが警部ですね。

 -なに、三歳の童子にだってわかるさ。血痕が少なすぎるからね。ここに来る途中、遊歩道の石段に大量の血の飛び散った跡があった。あそこだろう。

 -ご明察です。

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 -警部、この写真をごらんください。

 -へたくそな写真だな。これがどうかしたのかね。

 -岩礁の先端付近がぼやけて見えませんか? こちらに拡大したものがあります。

 -どれどれ。

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 -ほほう、これはレンズに付着した血痕のせいだね。負傷しながらも写真を撮りつづけたとは立派だよ。なあ、鵜狩君、被害者の写真はヘボだが根性だけは買ってやろうじゃないか。

 -ええ、カメラを握りしめていた右手の小指が腫れ上がっていました。とっさにカメラをかばったのでしょう。

 -この写真の撮影時刻はわかるかね?

 -はい、13時11分と記録されています。ですからケガをしたのは13時前後でしょう。で、事件性の有無ですが……

 -それはないだろうな。白昼観光客のいる中で凶行に及べば、必ず目撃者がいるだろうし、自殺の線も考えられない。

 -はあ、単純な転倒事故だとして、原因はなんでしょうね?

 -靴だよ、靴。被害者の靴の写真を見せたまえ。ほら、靴が両方ともつま先革と靴底との間がパックリ開いている。

 -ほんとうに両方とも開いていますね。

 -うむ、ふつうなら片方だけつまずくから、頭を打つほどのケガには至るまい。せいぜい膝を擦りむく程度だろう。しかし不幸にも両方同時に石段の角にひっかかったから、被害者はぶざまに転倒したわけだ。見たまえ、この靴は足のつま先から靴の先端まで少し長さのあるタイプだ。本人のつま先と靴の先とにズレがあるから、つまずきやすいのさ。

 -なるほど。おまけにカメラを二台も持っていたから、足元への注意が不足したわけですね。

 -さよう。だから私は不格好な靴をはいているのだよ。鵜狩君もそんな先のとがった細長い靴をはいていると、いつかケガをするだろう。気をつけなくてはいかん。

 木紛警部はそういうと、背広のポケットからつぶれたアンパンの袋をひとつ取り出して、

 -さて、ちと遅くなったが、昼飯にするか。鵜狩君、すまないがなにか冷たい飲み物でも買ってきてくれんか。

 結局本件は敏腕をもって鳴る木紛警部にご登場願うまでもない、ごくお粗末な事故だったようである。しかし筆者が自分自身を死亡させてしまうという、非常にめずらしいケースであることはまちがいなく、心より薄氷堂氏のご冥福を祈りたい。

 それにしてもTVドラマの事件がいつも岬の突端で解決するのは奇妙である。関係者一同警察署内で番茶をすすりながら決着をつければいいものを、海風に吹かれながら延々と長話をするのはなぜだろうか。

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Comments

えり~もの岬では大変な事件(事故?)が起きていたんですね。それにしても感嘆すべきは、被害者の執念。2台のカメラはもちろんのこと、地にまみれてまで撮影を続行しようとする強い意志にはほとほと感心いたしました。

・・・私も見習わなくては・・・・

Posted by: 三友亭主人 | October 23, 2011 at 08:36

>三友亭さん

 修身の教科書に出ていたでしょう。死んでもカメラを放さなかったって(笑)。ジャーナリストの鑑ですね。

 カメラをかばった右手の小指ですが、やっと腫れがひいてきました。

 カメラ本体も石段に当たり、ガチッという音が聞こえたのに、キズひとつ残っていません。さすがにニコンの一眼レフは頑丈です(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | October 23, 2011 at 20:46

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