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June 30, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-30 タイプライタは男の道具

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 タイプライタのリボンを交換するのは二年ぶりだろうか。ぼくの好みは写真左上に見える黒一色のリボンなのだが、最近は入手困難だから、やむなく黒と赤のものにしたのである。

 いまどきタイプライタかよ、とおっしゃる方がいるかもしれない。しかしプロは使うんだよね。

 あらかじめ印刷ずみの書式に印字するにはタイプライタが一番なのだ。スペースバーを押しながらキーを打つというワザ(ご存じかな?)を使えば、枠内でもズレることなく印字できるし、ドットインパクト式プリンタが貴重品となったいまでは、複写用紙にも最適なタイプライタは事務用として当分生き残ると思う。

 タイプライタにはほかにも美点がある。

 打楽器の一種としても用いられるように、なんといっても音がいい。男性的な決然たる響きがある。パソコンのキーボードなどは、ペナペナして頼りない音だから、てんでお話にならない。おまえ、飯食ったのか? といいたくなるような情けなさである。

 ちょっと脇道へそれるが、タタン、タタタンというタイピングの音は、『マクベス』第一幕第三場の魔女のセリフを連想させる。

 
A drum, a drum!

 このタ・タンというリズムはまさに小太鼓のそれだが、到底日本語にはできない(そもそも日本式に発音してはリズムを再現できない)。ここはいかに苦心しても「太鼓だ、太鼓だ!」としか翻訳できないだろう。翻訳とは所詮不可能事であることが、この短いセリフからもよくわかる。意味は通っても音が通らないのだ。

 昔のアメリカ映画などには、タバコをくわえた刑事が容疑者のそばでタイプライタを打つ場面があったけれど、レミントンのクラシックなタイプライタなどは、小道具としても実に存在感がある。打音が容疑者に与える心理的圧迫感という点からしても、パソコンじゃダメ。

 さらに事務員からすれば、タイプライタの音は仕事をしているというアピールになるし、上役にしてみれば、あいつ仕事をしているなという安心感が得られる利点もある。もちろんパソコンのキーボードだってそれなりに音はするけれど、なにを打っているか知れたものではない。だがまさかタイプライタで遊ぶような物好きはいないだろう。

 もひとつおまけにタイプライタの持つ緊張感を美点のひとつとして挙げておこう。ミスタイプしたって一向に平気というパソコンは、サムライの使うべき道具じゃない。ミスタイプしたら切腹、というくらいの覚悟で仕事をしてほしい。

 ……なんてね、昔さんざん苦労したから、ぼくはイヤだけどさ。

(RICOH CX2)

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June 28, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-28 なぞへなくの謎

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 霧の深い日には、柄にもなく恋の話題を。もちろん明日雨が降っても責任は取らない。

 ちはやぶる神代も聞かず……の歌は『伊勢物語』百六段に登場するが、それをネタにした落語『千早振る』はバカバカしいけれどおもしろい。よくできた噺だと思う。

 ちはやぶる……は、ぼくにもなんとか理解できそうな気がするけれど、同じく『伊勢物語』の九十三段にみえる歌はむずかしい。いかに物知りの大家さんといえども解釈に苦しむのではないだろうか。短い段だから全文を引用すると、

 むかし、男、身はいやしくて、いとになき人(たいへん身分の高い人)を思ひかけたりけり。すこし頼みぬべきさま(少しは脈がありそうなようす)にやありけむ、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひわびてよめる。

  あふなあふな思ひはすべしなぞへなく高きいやしき苦しかりけり

 むかしもかかることは、世のことわりにやありけむ。


 地の文はそうむずかしくはない。「思ひわび」は岩波古語辞典には「
思う気力もなくす」とあるが、なんだかピンとこない。思いつづけて精神が消耗した状態をいうのだろうけれど、手元にある注釈書(新潮日本古典集成)の「思慕にたえかねて」という解釈のほうがしっくりするような気がする。

 歌の意味はよくわからない。新潮社版の先生も、

 難解な歌で、「あふなあふな」は平凡な、の意という説に従って解しておくが、よくわからない。

と降参しつつ、

 分相応に恋はすべきだ、相手との身分を比べたりせずに。身分が高いとか賤しいとか、そういうことが関わってくると恋も苦しいことだ。

と解釈している。しかしこの解釈ではさっぱり意味が通らない。「分相応に」というなら、相手との身分差をしっかり認識して、と解さなければ前後がつづかないからだ。

 「あふなあふな」は岩波古語辞典でも「
【副】分相応に」とあるが、「アブナアブナと見て、恐る恐る、慎重に、と解する説もある」とつけ加えている。

 「なぞへ」は「
別のものを同等のものとして扱うこと。対等のものとして見なすこと」(岩波古語辞典)だから、「なぞへなく」は対等のものとしてではなく、「身分ちがいをわきまえて」ということだろうか。

 だとすれば、 「なぞへなく」は「思ひはすべし」にかかるのだろう。だが前ではなくうしろにかかるのだという解釈もあるらしい。

 新潮社版の先生によれば、

 下の句につづけて、比較にならぬような身分の高い者と低い者との恋は苦しいものだ、の意に解する人もあるが、「高き・いやしき」は並置であり、「なぞへなく」はむしろ、「思ひはすべし」への修飾であろう。

 岩波古語辞典では、この歌を引いて「なぞへなく」を「
対等ノ資格トシテデナシニ」と解しているけれど、この解釈だとどこにかかるのか、わかったようなわからないような感じが残る。「対等の資格としてではなくて、あくまでも身分の高い者と低い者として(恋をするの)は苦しかりけり」と解するのか、「相手と対等の資格としてではなく、おのれの身分をわきまえて思ひはすべし」と解するのだろうか。

 結局この歌の解釈はひとえに「なぞへなく」の処置いかんにかかっているのだと思う。専門の先生にもわからぬものがぼくにわかるはずはないけれど……

 分をわきまえて恋はするものだよ
 -なぞえなく-(自分が相手と対等だなんて思わずにね(?))
 身分ちがい(の恋)とはつらいものなのだから

 とにかく身分ちがいだとろくに口を聞くチャンスもないわけだから、よほど苦しいにちがいない。まことにお気の毒である。放っておいたら一命が危ぶまれるので、一杯やりながら苦しい胸の内を聞いてあげてもいい。

 ただしこの男、身分いやしいと書かれてはいるけれど、まさかホームレスではあるまい。ひょっとしたら中将クラス(笑)。だとすれば、かなり危険な禁断の恋を暗示しているのかもしれない。それならこれ以上おつきあいしかねるから、もう勝手にしてほしい。

 日本文学は専門外なのにデタラメを書いてしまった。三友亭さんにきびしくご指導いただきたいところである。

(RICOH CX2)

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June 26, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-26 温根内独占

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 早朝の温根内には人っ子ひとりみあたらず、事実上貸し切りであった。クマが出やしないかという心配はあるけれど、このゼイタクさはなにものにも代えがたい。いっぺんに税金のモトを取ったような気分である。

 ヒメカイウ(サトイモ科)は葉っぱがずいぶん大きくなり、そろそろ終わりに近づいたんじゃないかと思う。

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 ヤナギトラノオ(サクラソウ科)。たいていは背の高い草の間に咲いているから、こういう場所でなければ全体像を拝むことはできない。

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 ハナタネツケバナ(アブラナ科)。時間が早いせいか、まだ花は開ききっていなかったけれど、今年もまた眼にすることができたので満足。

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 カキツバタ(アヤメ科)。

 書き附け花の意でその転化である。書き附けとは、こすりつけることで花汁で布をこすり染める昔の行事である。(牧野新日本植物図鑑)

 カキツバタといえば、『伊勢物語』中の「からころもきつつなれにし……」という歌が知られている。とてもそんな文学的な歌を詠む腕前はないけれど、

  空財布着物の袖に突つこみて腹は減れども食べる金なし

とよめりければ、みなびと空き缶のなかに銭を落として泣きにけり。

 いや、ご心配なく。途中コンビニで買ったクリームパンとコーヒーで、ちゃんと腹ごしらえをして来たのだから。

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 コタヌキモ(タヌキモ科)。見れば見るほど奇妙な花である。昨年は大豊作だったけれど、今年は数が少なかった。

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 ワタスゲ(右)とサギスゲ(左。いずれもカヤツリグサ科)。数が増えるのはこれから。

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 イソツツジ(カラフトイソツツジ。ツツジ科)。まだ時期が早いのか、まばらに咲いていた。

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 春採湖のミヤマニガウリと人気を二分する(?)ゴキヅル(ウリ科)。成長が楽しみである。

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 鶴居軌道跡。いつ来ても気持のよい小径である。ただこの時間に一人きりだとクマが怖い。

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 ヨツボシトンボだろうと思う。葉っぱにご注目いただきたい。なんの虫かは知らないけれど、卵が産みつけられている。

 昆虫の世界もおもしろいのだが、深みにはまると時間がいくらあっても足りないし、ぼくの腕前では撮影困難なので手を出さないことにしている。

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 花やトンボをたっぷり楽しんでビジターセンター前まで戻ると、次のお客さんたちがやってきた。

 ほんとうにいい季節になった。みなさまも温根内へぜひ。

(Nikon D200 + Ai 35mm F2.8S & D80 + Tamron A16)

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June 25, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-25 午後の野暮用

 本州の酷暑がとても信じられぬくらい、昨夜は寒かった。あまりの寒さに目が覚め、押入からタオルケットを一枚取り出して重ねたほどである。

 日中はさすがに暖かいけれど、それでも最高気温 16.1度。これからの季節、人間らしく過ごしたいというみなさまには釧路がおすすめである。実際最近は夏の間だけ釧路に滞在する方もいらっしゃると聞く。

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 午後から野暮用があったのでマチへ出かけた。富士見坂の途中で立派なナナカマドをみかけたのでパチリ。釧路市の木はハシドイなのだが、ぼくはむしろユビキタスなナナカマドのほうがいいんじゃないかと思っている。

 わが家の裏庭にもかなり大きいナナカマドがあるけれど、まったく実をつけないのはどうしたことか。

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 野暮用というのは某国会議員のなんとかセミナー。まことに失礼ながら、これを野暮用といわずしてなんといおうか(笑)。某氏が特別きらいというわけではない。ぼくは党派を問わず、政治家という存在にまるで興味がないのである。金と権力にはとことん縁がないのだろう。

 そんなわけで写真を撮ろうという気力が湧かず、本日はほんの数回シャッターを切っただけ。

(Nikon D80 + Tamron A16)

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June 24, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-24 祝出港

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 デッキ上ではこんなぐあいに荷役が行われている。ふ~む、おまえのリアリズム写真はまるでおもしろくない、とおっしゃるのですか。

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 つまらない写真をお目にかけたことについては、心からお詫び申し上げる。どうかマリア様に免じておゆるしいただきたい。

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 無事荷役も終わり船も出港したことだし、あとは焼酎をあおるだけ。

(Canon IXY 30S)

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June 23, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-23 画竜点睛を欠く?

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 毎日そうそうネタがあるわけではない。これでも苦労しているのである。

 しかしいくら苦しまぎれに書き散らす記事とはいえ、バカバカしさにも限度というものがあるから、バランス感覚を保つことが必要だろう。そこで今日は知っていると役に立つ(かもしれない)クイズをお出ししよう。

 まずは上の写真をじっくりごらんいただきたい。なにかがおかしい、奇妙である。

 -あ、床のクエスチョンマークの下に点がありませんよ! 間が抜けてるなあ。

 -よく気がついたね。実は点を描き入れると赤いマークが龍となって天に昇ってしまうから、わざとそのままにしてあるのさ。

 -まさか! デタラメばっかり。

 赤いマークがなにを意味しているか、たいていの善良なる一般市民の方にはおわかりにならないだろうと思う。

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 -ほら、これが答だよ。

 -え? ちっともわかりませんけど……

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 -ちぇっ、君の眼は節穴かね? これだよ、これ。

 -これ、なんですか?

 これほど察しが悪いとイヤになる。もちろん火災警報器。床に描かれたマークの真上に設置されているのである。

 もし船に行く機会があったら、ぜひ確認されるようおすすめしたい。ただしぼくは貨物船が専門だから、客船の場合はどうか自信がない。ついでに申し上げると、こういう知識が実際の役に立つのかどうか、それも自信がない。

(RICOH CX2)

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June 22, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-22 貨物船リアリズム

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 優雅な客船よりも貨物船のほうが好みというのは、たぶん貧乏性のせいなのだろう。ハナタレ小僧のなれの果には、客船はてんで似合わないのである。

 もしゼイタクをさせてくれるというなら、ぼくの場合、客船は選ばない。田舎の屋敷の縁側で涼しい風に吹かれながらサッポロ黒ラベルを味わうコースのほうが断然よろしい。

 日本人形のような顔立ちをした着物姿の娘さんが給仕してくれれば申し分ないね。

 -あの……ビールをもう一本お持ちしましょうか?

 玉を転がすような声という形容があるけれど、彼女の声はまさにそれである。風鈴の澄んだ音色と実によく調和が取れている。

 -おお……ど、どうもありがとう。

 うわずった声のおじさんはすっかり恐縮の体でモジモジしている。いい年をして見合いをしているわけでもあるまいに。

 やがて娘さんは白魚のような指を添えて、そっとビールをコップに注いでくれるのだが……世の中にそれ以上の幸福があるというなら、ぜひお教えいただきたいものである。

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 おい、なんの話をしているんだ。朝っぱらからそんなバカな空想にふけっている場合じゃない。仕事だよ、仕事。

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 北米からの木材が釧路港に揚がるのは十数年ぶりである。ぼくの在職中ではこれが最後かもしれない。

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 今日の船上セキュリティ・チェックポイント。会社主義リアリズム写真をめざすぼくとしては、こういう役者はほんとうに困るのである。

 さて早出をして疲れたから一杯やろうと思っても、だれもビールを注いでくれそうにない。風鈴も鳴らなければ、着物姿の娘さんもいない。リアリズムとは実につまらないものである。

(Nikon D80 + Tamron A16)

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June 20, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-20 春採湖畔 (6/19)

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 6月19日。たびたび訪れる春採湖畔だが、チャランケチャシはたいてい敬遠している。ササが圧倒的に優勢で、ほかの植物に乏しいからである。

 この写真を見るかぎりでは植物が豊富そうだけれど、少し歩いて低い丘のてっぺんに着くと、そこは一面のササ。斜面もほとんどがササに覆われている。この日ササ以外にみかけたのは、ヨブスマソウ、コンロンソウ、シコタンキンポウゲくらいのものだったし、それも数がごくかぎられていた。

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 チャランケチャシから見たゴマツリ岬方面。植物観察を楽しむには、旧柏木小学校~ゴマツリ岬~ネイチャーセンターというコースが最適だと思う。春から秋まで、何度訪れてもけっして飽きることはないだろう。

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 そんなチャランケチャシだが、ミミコウモリ(キク科)が少しまとまって生えていた。

 コウモリと呼ばれるのは葉っぱのかたちによるものだと察しがつく。ではミミのほうはどうかというと、

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葉柄の基部には耳があり(牧野新日本植物図鑑)というとおり、ちゃんと耳がそなわっているからおもしろい。なお花が咲くのはまだ先の話で、釧路では8月の中旬以降になるだろう。

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 チャランケチャシをあとにして、ネイチャーセンター付近へ向かった。シャクの群落がみごとである。

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 カラマツソウ(キンポウゲ科。これはエゾカラマツらしい)が開花していた。開花と同時に落ちてしまうという4個のがく片が見える。なお開花といっても、白い花のように見えるのは花弁ではなくオシベである。

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 ズミ(バラ科)。白い花と赤みを帯びたつぼみの取り合わせがあざやか。サクラをはるかに上回るはなやかさがあると思う。ミミコウモリを見たあとだけに、わびしい路地からいきなり繁華街に出てきたような気分になる。

 ズミはそみ(染み)という意味で、その皮を染料に用いるためである。(牧野新日本植物図鑑)

(Nikon D80 + Tamron A09)

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June 19, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-19 思いがけぬ運動会

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 これは2007年6月24日に撮影した東栄小学校最後の運動会である。ごらんのとおり、児童の数がずいぶん少ない。

 同小学校は2008年の春に閉校となり、旧日進小学校を核とする釧路小学校に統合された。

 もう二度とここで運動会は見られないと思っていたら、

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意外にも今朝はこのにぎわいである。釧路小学校のグラウンドが工事中なので、臨時に旧東栄小学校を会場にしたのだという。なんだか夢を見ているようであった。これがほんとうにここでの最後の運動会になるのだろう。

 幸いにも天気予報が大外れに外れて晴天に恵まれた。ぼくは運動会にはあまり興味はないけれど、やはり運動場にあふれる大勢のこどもたちを見るのははうれしいものである。国宝級に古い手前の鉄棒もなつかしい。

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 朝っぱらから幽霊を見たような気分になって、ぼくは家に戻った。今日はこのあと春採湖畔へ行ったのだが、それは明日の記事にしよう。

(Nikon D70 + Tamron A16 & D80 + Tamron A09)

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June 18, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-18 春採湖畔

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 またしても霧。正面に見えるのは、釧路市民にはおなじみのチャランケチャシである。

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 エゾノウワミズザクラの花が盛んに散っていた。

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 ネムロブシダマが開花した。前回も申し上げたとおり、ごく地味な花である。

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 ミヤマニガウリの葉を食べるテントウムシ。ミヤマニガウリの葉は虫に人気がないと思っていたけれど、隠れファンもいることを確認できた。

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 この時期一大勢力を誇るシャク。今日はこの植物にスポットライトを当ててみよう。

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 こういう花のつき方を複散形花序という。花茎がちょうど傘の骨のように見えるので、散形花序を傘形花序ということもある。

 シャクはコシャクともいい、牧野新日本植物図鑑には「こしゃく」として掲載されている。

 シャクの意味は不明であるが、本来はサクとも呼んでシシウドを指す。それで従来この植物をシャクと呼んでいたのをコシャクに改めた。(牧野新日本植物図鑑)

というわけで、シシウドと明確に区別する意味ではコシャクのほうが適当らしい。

 なお同図鑑によれば、
根はさらして粉にして食用になるとある。根だけではなく、

 若芽を摘み取り、ゆでてから水にさらし、おひたしや、ごま、からし、酢みそなどで和えものにする。特有の香味があり、煮つけや天ぷら、汁の実にしてもおいしい。(学研 日本の山菜)

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 花弁は5個で、外側の一片だけ飛び抜けて大きい。黒い果実ができるので、今年は撮ってみようと思う。

 それにしても天気がよくない。明日も予報は曇りである。

(Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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June 17, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-17 霧の中のおじさん

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 6月の道東は例年あまり天気がよくない。快適な旅行をお望みなら、9月以降がおすすめ。さわやかな秋の空気の中、どこまでもつづく道をドライブするのは実に気持のいいものである。

 しかし沈思黙考が性に合っているという少数派のみなさんにとっては、これからの霧の季節はそれなりに魅力があるかもしれない。抜けるような青空のもとに広がる健康的な単純さに欠けるぶんだけ、人生の複雑微妙な味わいをじっくり噛みしめることができるからだ。

 気分がどんどん沈むにつれて、あなたの顔からは笑いが消えるだろう。口をへの字に結んで岸壁に立ち、ポケットからよれよれのタバコを取り出して火を点ければ、あなたはもうジャン・ギャバンである。ちょいとやつれた感じの美女が霧の中から近づいてくれば、もはやなにもいうことはない。

 人生に疲れた男女のそろったところで、監督の号令一下カメラが回り出すところなのだが……

 -あの、ジャン・ギャバンってだれですか?

 -ちぇっ、きみみたいに一般教養の欠如した男とは口もききたくないね、まったく。つまりだな、それはそれはカッコいいおじさんなのさ。

 -へえ、でも薄氷堂さんはちっともカッコよくありませんよ。

 ああ、無教養なだけではなく、礼儀もわきまえぬ青年を大量生産したのはゆとり教育のせいなのだろうか。国家百年の計をあやまれり。

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 で、今日の気分はパートカラー。

(RICOH CX2)

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June 15, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-15 うをの目は泪

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 別に魚で引っぱるつもりはないのだが、せっかくだからその後の収穫を追加しておきたい。

 以下は fish をネットで調べたもの。

  
a weakling 弱虫。

 魚といってもカジキマグロみたいな豪傑もいることだし、出所がヘミングウェイでないことはたしかだろう。弱虫というのは、岸壁に散らばっている小魚からの連想だろうか。

 弱虫の魚といえば、芭蕉の
行はるや鳥啼うをの目は泪という句が浮かんでくる。もちろん魚がめそめそ泣いたわけではなく、いつもうるんで見えるから魚の目を引っぱり出したんじゃないかとぼくは思う(ちがったらごめん)。

 この句の魚は白魚だという説もあるけれど、いくらなんでも目が小さすぎて無理があるんじゃないだろうか。もし白魚だとすれば、読者の興味はあの小さな点のような目に集中して、句のほかの部分がぼやけてしまうにちがいない。いかに俳諧が滑稽味を重んじるとはいえ、おおげさにもほどがあるから、一句の調和を失するだろう。だからぼくは白魚説は採らない。

 つい話がそれてしまったけれど(笑)、まさかアメリカ人が魚のうるんだ目をしみじみ観察して弱虫泣き虫を引き出したとは思えない(失礼)。

   a heavy drinker 大酒飲み (to drink like a fish から)。

 ここは日本人なら drink like a whale を省略して whale としたいところだが、英語の標準は「魚のごとく飲む」である。まあ、どっちにしても水中で生活している以上、常に水を飲みっぱなしにはちがいないから、これはすんなり受け入れられる。

  
a bad poker player ポーカーが下手なやつ。

 明らかに「釣られる、ひっかけられる」からの連想と考えられ、前回も似たような語義が登場している。これは納得。ただし魚はポーカーフェイスの達人だから、ほんとうは上手じゃないかという気もする。

 それにしても、ここまで悪くいわれる魚にはまことに同情を禁じえない。アメリカを捨てて日本へいらっしゃい。

 さて解けない謎が fish = dollar である。気になってしかたがないので、あれこれ調べてみたけれど、とうとう由来はわからなかった。

 ドルの意味で使われる俗語はたくさんあって、lizard (トカゲ)もその仲間である。トカゲの場合はたぶんトカゲ皮の財布に由来しているのだろうが、魚はわからない。1ドル紙幣に魚の絵はないし、降参である。

 マダラ、スケソウダラなんてのはあるけど、まさかなあ。

(Canon IXY 30S)

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June 14, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-14 魚の研究

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 羅臼産アオゾイ、一尾 250円也。安いのか高いのか、ぼくには見当がつかないけれど、東京電力の株価(このところ200円前後か)よりは上である。

 今日はネタがないので、アオゾイくんに敬意を表し、手元のアメリカ俗語辞典を開いて fish の項目を調べてみた。日本ではさかなクンが国民的人気者だというのに、アメリカでは魚はずいぶんバカにされているらしく、まことに気の毒である。

 以下名詞に限定して、

 (1) 【刑務所】 新入り

 (2) 【ストリート・ギャング】 仲間でないやつ。そりの合わぬイヤなやつ。

 (3) やすやすとだまされる間抜け。

 (4) 魚が釣られるように捕まるやつ(特に犯罪者)。

 (5) 【ホモセクシュアル】 同性愛ではない女。

 (6) 【学生】 だれとでも寝る女。

 (7) 【スポーツ】 弱い相手。

 (8) 1ドル(50ドルなら fifty fish)

 ごらんのとおり、(3) (4) (6) (7) は魚みたいに簡単に釣られる軽蔑すべき存在を示しており、(1) は釣られた結果ムショ入りした間抜けを指しているのだろう。

 (2) と (5) はちょっとニュアンスがちがって、日本語でいう「雑魚」に近いのかもしれない。どこにでもどっさりいる、あたりまえの連中という含みがありそうだ。ただしなぜ fish が「特に」女性を指すことがあるのかはわからない。

 (8) はむずかしい。どうして1サカナが1ドルなのかは謎。アオゾイ一尾、いまなら約3フィッシュとは妙である。

 ついでだから、もう一冊のアメリカ俗語辞典にもあたってみよう。

 a. 上記(1) は刑務所俗語としてあるが、ムショだけではなく、広く「新入生、新米、初心者」としても使われるらしい。

 b. 
ローマカトリック教徒。これは fish eater と同類で、金曜日に魚を食べる習慣があるところに由来するらしい。軽蔑的な響きがあるので注意。

 c.
魚雷。これは納得できる。潜水艦をいうこともある。

 d. ふつう形容詞とともに、
人、やつ。あわれなやつ(poor fish)だとか変わり者(odd fish)など。

 おまけとして俗語辞書をもう一冊。こうしてだんだん俗語としての fish の全貌が明らかになるわけだ。

 1. セクシーな女。

 2. 売春婦。ふしだらな女。

 3. クソ! 畜生! などの意味で Fish!

  4. 女性器。

 5. ペニス。

 ペニスというのは魚のかたちから容易に連想できるけれど、どうして女性器が fish なのかというと、flesh を避けて代用しているのだという。同じ例としては fish market (売春宿)というのがあり、いやに生々しい感じがする。しかしこれでなぜ fish が女性を意味するのかという疑問は氷解した。わが国の例では、小説『肉体の門』の肉体がまさに flesh だと思う。

 英語国民がわざわざ flesh を避けるのには宗教的な意味合いがあるのだろう。魂に対する肉体、道徳性に対する獣性ということか。異教徒にはよくわからないけれど、どうやら flesh という単語には気をつけて使ったほうがいい場面もあるらしい。

 なお卑猥なことばが登場するのは俗語なのでしかたがない。お上品にとり澄ましていてはことばの勉強はできないのだから、どうか苦情はご勘弁願いたい。申し上げるまでもなく、きたないことばは使わないほうがいいにきまっている。

 俗語辞書一冊ですませるはずが、ついつい深みにはまってしまった。これで fish を見る目が変わってしまった……たぶんあなたも。

 ※俗語の性格上、すでに廃れて、いまではほとんど使われなくなった語義も含まれていると思うので念のため。また知ったかぶりをしてうっかり使うと軽蔑される可能性大だからご注意いただきたいと思う。

(Canon IXY 30S)

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June 12, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-12 いつものコース

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 こんなところにシャクが咲いていた。決まりきったコースだけれど、季節季節で変化があるからつづけられるである。

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 フキが恐るべき成長ぶりを見せていた。足寄のラワンブキに迫る勢いである。

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 おやおや、以前は宮澤賢治の「雨ニモ負ケズ」だったのが、いつの間にか般若心経の文句に変わっていた。

 これはいわば芸術作品の屋外展示だろうから、撮影しても失礼にはあたるまい。カンパンの空き缶がいい味を出している。Juxtaposition の妙である。毎度申し上げるように、釧路市の文化程度の高さを示す好例だろう。

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 臨港鉄道の線路に咲く花。どう見ても園芸植物らしい。近所のお宅の庭から逃げ出したものだと思う。

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 いつも気になるモンドリアン風物件。たまに魚を吊して干していることがある。

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 ひさしぶりに知人の浜に降りてみた。自転車が不法投棄されている。

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 こちらは漂着したものだろう。この浜の漁船に防舷材(たぶんそうだと思う)の必要はないからである。ひょっとしたら東日本大震災で流されたものかもしれない。

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 踏切を渡ろうとしたら黒猫が寄ってきた。足の周囲をグルグル回ってじゃれつくのだが……おまえも物好きなやつだなあ。

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 こちらもブレボケになってしまったけれど、記念撮影。このネコ、あまり目つきはよろしくないが、散歩の単調を救ってくれた功績は多大であり、よってここに表彰するものである。

(Nikon D200 + Ai 50mm F1.2S)

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June 11, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-11 春採湖畔

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 いよいよ緑の季節になった。エゾノウワミズザクラも満開……といっても、写真からはわかりにくいかもしれない。いや、この距離からだと実際に見ても花の存在は目立たないのである。

 なお手前に見える槍の穂先みたいなのはヨブスマソウ(キク科)である。

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 近づいて見るとこのとおり。ウワミズザクラというのは奇妙な名前だが、

 ウワミゾザクラ(上溝桜)の転訛したものである。昔亀甲で占いを行う時、この材の上面に溝を彫って使ったので上溝という。(牧野新日本植物図鑑)

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 コンロンソウの花が目立ってきた。これからもっと増えるはずである。

 この花を見ると、アブラナ科の特徴がよくわかる。花は十字形で、オシベは6個、うち4個が長い。メシベは1個。

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 ネムロブシダマ(スイカズラ科)。まだツボミだが、開花しても地味な姿だから目立たない。やはり秋になる真っ赤な実(有毒)に値打ちがあるように思う。

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 シャク(セリ科)は春採湖畔の一大勢力だが、まだ花が咲きはじめたばかり。

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 ニリンソウはまだたくさん咲いているが、そろそろ花も終わりに近づいたようだ。

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 花(がく片)の落ちたあとに残る金平糖状のものは集合果。右側の花ももうすぐ落ちそうに見える。

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 クサノオウ(ケシ科)。どこにでも見られるありふれた花だが、ふしぎなかたちをしている。毛玉みたいなのはがく片(2枚)で、花が開くと同時にポトリと落ちるらしい。

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 さて本日のトリはミヤマニガウリ。毎年こいつがツルを伸ばしはじめると、いよいよ夏だなあと思うのである。

 シーズンになると湖畔のかなりの面積を覆いつくさんばかりの大勢力に成長するから、釧路管内のどこにでもありそうなものだが、ほかではまだ目にしたことがない。どうして春採湖畔に集中しているのかは謎である。

(Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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June 10, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-10 霧にむせぶ街

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 釧路らしい濃霧。起きて間もないというのにもう眠くなるような天気である。

 昨年廃止になった霧笛はひたすら単調にボーボー鳴るだけだったが、ぼくがこどものころは、絶望的な泣き声といおうか、狼の悲しげな遠吠えといおうか、一種独特の調子をもった音を放っていた(当時のラッパ型の霧笛はたしか博物館に保存されているはずである)。

 ウウウウウウ~ン、ウウウウウウ~ン。

 それが来る日も来る日も、朝となく夜となく、ひっきりなしに鳴りつづけるのである。まるで異界が霧のすぐ向こうに迫っているのを警告するかのような響きがあった。そのころはもちろんメメント・モリなどということばは知らなかったけれど、あの霧笛の音には死を連想させるものがたしかにあったと思う。

 ウウウウウウ~ン。この世はむなしく、絶望に満ちている。

 ウウウウウウ~ン。生きていたってなんもいいことないから、死んだほうがマシだべさ。

 ああ、霧笛さえなければ、少年はもっと明るく素直に育ったはずなのに。

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 とまあ、めずらしく哲学的なことを考えながら帰宅すると、東栄小学校脇の道路に車がたくさん停まっており、対向車とすれちがうのに苦労するほどであった。ふだんは人通りが少ないのに、やけに人がたくさん集まっている。

 なんとかいう映画のロケをするのでご迷惑をおかけします、と先日映画会社の方が挨拶にみえたらしい。今日がその日なのである。俯瞰撮影用らしき高所作業車が見える。わが家の玄関先には照明が設置されている。

 撮影は夕方から深夜2時まで行われるのでよろしく、と今日もまた挨拶に来たという。現場まで見物に出かけるほどミーハーではないが(笑)、超ローカルニュースのネタにはなる。もし二階の窓から写真を撮れたら明日お目にかけることにしよう。

【追記】

 二階の窓から映画の撮影風景をながめていたら、なかなかおもしろそうだったので、おまけとして写真をいくつか。結局ミーハーだったね。

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 市川雷蔵主演というなら話は別だが(笑)、最近の俳優さんにはあまり興味はない。しかし撮影そのものにはおおいに関心がある。特に夜間撮影には妙にワクワクするものがある。

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 そこで外へ出てみたが、どうやら撮影のじゃまになりそうだったので、ふたたび二階へ。なおここまでは55ミリマクロ(82.5ミリ相当)を使用。

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 窓からだとアングルがかぎられるので、90ミリマクロ(135ミリ相当)に切り換えて、両端をトリミングしてみた。

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 映画というのはずいぶん手間のかかるものらしい。撮影は深夜に及ぶようだが、これだけ時間をかけても、上映されるのはたぶんほんの数分なのだろう。

 明日もここで撮影を続行するらしいが、雨が降らなければぼくは春採湖畔へ行く予定だから、レポートはここまで。

(RICOH CX2, Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S & D80 + Tamron 172E)

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June 08, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-08 霧の中のクロユリ

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 まず場所をお教えしておこう。画面右はシルバー人材センター(旧東栄小学校)入口である。

 -ほらね、見えるだろう?

 -なにが?

 -なにがって、クロユリさ。驚いたよ、住宅街の空地にクロユリの群落があるんだからね。

 -なにも見えねえよ、おれには。

 いや、ほんとに見えるのである。通行人の左側にご注目いただきたい。点々と黒いものが見えると思う。

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 ほら、釧路の山の手に咲くクロユリ。わが裏庭にもクロユリはあるけれど、ほんの数株。ここは原野じゃないのに群れて咲いているのだからビックリする。

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 全体としてはこの写真の三倍以上の数はあろうか。今年はじめて気づいたのだから、ぼくの目も節穴である。花の命は短いので、見物するならお早めに。

(Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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June 07, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-07 ごまかしの人生?

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 今夜は大失敗写真をどこまで救えるか、お遊びをかねて試してみた。

 上は NEF ファイルをそのまま JPEG に変換した画像。スピードライトを使うべきだったのだが、待合室に人がいたため遠慮したらこうなったのである。この場面では、もし暗い部分に露出を合わせていたら、外の景色は真っ白に飛んでいたと思う。

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 元の NEF 画像を Nikon Capture NX の Dライティングで最大までシャドーを持ち上げてみた。目いっぱいでもこうだから、ダメ写真の見本といえよう。

 Capture NX はレイヤーを使わなくとも十分調整できるというのが売りなのだが、ここまでひどい写真だと当然限界はある。画面ザラザラで目もあてられない。

 そこでまず上の二枚を Photoshop Elements でレイヤー合成したうえ、どうしても調整しきれなかったドアの外と窓の部分を、
一枚目の写真から切り取って貼りつける。それをふたたび Capture NX に読み込んで、強烈にノイズリダクションをかける。Capture NX のノイズリダクションはおそろしく効くからである。

 ノイズリダクションのかけすぎがよくないことは百も承知しているけれど、そんなことをいっている場合ではない。毒を食らわばなんとやらである。

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 100% 表示すると、あちこちすごい塗り絵になっているのがわかる。腕のいい方がもっと手のこんだ処理をすれば、ずっとマシな結果が得られはずだ。

 しかしたいして時間をかけなかった割には、結構ゴマカシが効いたのではないだろうか。まったくデジタルはなんでもありだから、とても信用できかねる(笑)。

 なおこれら三枚の画像にアンシャープマスクは一切かけていない。

(2008年9月5日比布駅にて。Nikon D200 + Tamron A16)

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June 06, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-06 闇にまぎれて

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 夕方から業界団体の懇親会に出席。このところ寝不足だから、二次会は遠慮することにした。闇にまぎれて一目山随徳寺である。

 あいつ逃げやがったなと、またしても評判が落ちたにちがいないけれど(笑)、失礼の段はひらにご容赦願いたい。

 午後から降りはじめた雨がいつの間にかやんでいたので、飲屋街まで歩いてタクシーを拾うことにしたのだが、いくら月曜日とはいえ、人通りの少ないこと! 

 まるで乗客よりも乗組員のほうが多い客船みたいなものじゃないかと思う。これで商売が成り立つのだろうか。ようやく画面の隅に女性がひとり入ったところでパチリ。

 こういうさびしい景色ばかり見ているから、一年にいっぺんくらいは大都会の雑踏のただ中に身を置きたくなるのである。

(Canon IXY 30S)

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June 05, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-05 捨てる

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 先月からずいぶん物を捨てた。

 最近では大型のゴミを捨てるには金がかかるから、あちこちの山林や原野などに大型TVやタイヤなどが不法投棄されているのはご存じのとおりである。

 多少金はかかっても、簡単に処分できるのならまだいい。しかしいつからかパソコン関連の機器を市ではゴミとして引き取ってくれないので、PCリサイクルマークのないころの製品を処分するには苦労する。

 ある大型電器店に問い合わせたところ、パソコン本体やCRTなどは1台三千円で引き取るという。冗談じゃない、いくらなんでも高すぎる。なにごとにも適正な値段・料金というものがあるだろう。そんなべらぼうなことをいうから不法投棄があとを断たないのである。

 そこでネットを調べてみたら、段ボール1箱詰め放題で40キロ以内だと約1,500円で引き取ってくれるところがあった。しかも自宅まで宅配便業者が受け取りにきてくれるというので、壊れたり古くなりすぎて実用にならないパソコン3台、CRT 2台、ビデオデッキ2台を一気に処分した。

 しかし数十年間の生活のオリというのはバカにできぬもので、納戸や物置の中にはまだまだガラクタが残ったままである。特に物置を徹底的に片づけるのには覚悟を要するから、来年の課題になるだろう。

 さて昨夜ネットを見ていたら、釧路市内のある業者さんが無料で不用品を引き取ってくださる(ただし期間限定)という記事を発見した。これはありがたい。あいにくじっくり調べるヒマはなかったけれど、ざっとチェックした結果、自転車1台、自動車のバッテリー2個、ビデオデッキ1台を車に積んで出発。

 断られたらどうしようかと心配していたけれど、無事引き取っていただけたのでおおいに助かった。感謝感激である。

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 ガラクタを処分して帰宅すると、今朝はまだほんの少しだけ咲いていたユスラウメ(バラ科)がいっせいに開花していた。ゴミの写真だけではみっともないから、口直しに一枚。

(Canon IXY 30S & Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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June 04, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-04 春採湖畔

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 午前中は天気予報がよいほうに外れ、太陽が顔を出したので、春採湖畔へ出動した。

 歩く人々、走る人々、清掃ボランティアの人々……そして、植物を観察する人々。たまにカメラを手にしたおじさんがまじっているのはほほえましい(?)。

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 コンロンソウ(アブラナ科)が咲きはじめていた。コンロンとは崑崙山脈のコンロンである。

 崑崙草。なぜこの名がついたか不明。あるいは花の白さを崑崙山の雪にたとえたものか。(牧野新日本植物図鑑)

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 エゾスグリ(ユキノシタ科)の小さな赤いベル。文字どおり鈴なりである。この花は、色といいかたちといい、ちょっと異色の存在だと思う。

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 エゾノウワミズザクラ(バラ科)はどうなったかというと、緑はいっそう濃さを増したけれど、

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まだつぼみのままで、例年よりも開花が遅れているようだ。

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 ニリンソウ(キンポウゲ科)は花盛り。みごとである。これだけを見るために出かける価値があると思う。

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 春採湖畔名物の緑色のニリンソウ。数が多いからすぐにみつかるだろう。緑色の度合いもがく片のかたちも一定しないので、ミドリニリンソウとして独立させるのは無理があるように思う。一種の奇形だろうが、あと千年もしたらどうなるのかという興味はある。

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 こちらはわが裏庭自然公園。雑草の背丈がずいぶん伸びてきたので、主を失ってすっかり荒れ果てた庭のように見えるのが悲しい。

(Nikon D200 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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June 03, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-03 コモン・センス

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 -冴えない天気ですね、ほんとに。こういう日は教科書を閉じて、先生がお話をしてあげましょう。

 -わーい。どんなお話ですか、先生?

 -もちろんためになるお話ですよ。ここは小学校ですからね。

 ……という次第で、先生が聞かせてくれたのは、小泉八雲の Common Sense  なのであった。

 -太郎君、コモン・センスってなにか知っていますか?

 -はーい、常識のことですね。

 -よくできました、といいたいところですが、わたしたちがふつう常識というのは、たいてい common knowledge のほうなのです。つまりみんなが知っていることをいいます。コモン・センスは分別とでもいえばいいでしょうか。

 -あの、小学校の授業にしてはいくらなんでも程度が高すぎやしませんか?

 -いや、昭雄君、これでいいのです。ゆとり教育のせいで、みんな頭がポポポポーンになってしまいましたから、レベルの低下については文科省も深刻に反省しているのです。その証拠に、1ミリシーベルトという基準をいっぺんに20ミリシーベルトにまで引き上げたでしょう。もっともそれはあんまりだというので撤回したようですけれど、どうもやることが極端でいけません。

 -先生、あまり政治的な発言はしないほうがいいですよ。右派の人になにをいわれるかわかりませんから。最近教員組合に風当たりが強いでしょ。

 -ハハハ、そうですね。花子さんはとても分別があります。ではお話をはじめましょう。

 さて先生が聞かせてくれたお話とは……

 昔京は愛宕山のさびしいお寺にえらいお坊さんがいて、朝から晩まで経典の勉強に余念がありませんでした。いくら学問に励んだってお腹はふくれませんから、里の人がなにくれとなく面倒をみてくれるのですが、山で狩りをする猟師さんもそのひとりでした。

 ある日のこと、その猟師さんがお米を届けにお寺にやってまいりますと、お坊さんはこういいました。

 「来る日も来る日も経を読み、長年精進したせいでもあろうか、このごろ夜な夜な普賢菩薩様が象にお乗りになって、わしのようなものの前に姿をお見せになるのだ。おぬしも今夜はわしといっしょにいて、仏様のお姿を拝んでいきなされ」

 それはもったいないことだというので、猟師さんはお寺に残りましたが、そんなふしぎなことがほんとにあるものだろうかと、だんだん疑いの気持が湧いてくるのでした。

 そこで小僧さんをつかまえて、

 「お坊さまは毎晩この寺に普賢菩薩様がおいでになるというが、小僧さんも菩薩様を拝んだのかね?」

 「もう六ぺんも拝みましたとも」

 それを聞いて、猟師さんはますます不審に思いましたが、ともかく仏さまが現れるのをいまや遅しと待つことにしたのです。

 もうじき真夜中というころ、そろそろ菩薩様がおいでになるというので、お寺の戸をすべて開け放ち、三人は東の方角を向いて座りました。

 暗くて風の強い夜でした。三人がじっと待っておりますと、やがて東の方に星のような白い光が現れました。それはぐんぐん大きくなりながら近づいて、あたりを明るく照らし出すのでした。そしてまばゆい光を放ちながら、巨大な象に乗った普賢菩薩がお姿をあらわしたのです。

 お坊さんと小僧さんはひれ伏して熱心にお経をとなえはじめました。ところが猟師さんは弓を手にしてすっくと立ち上がり、キリキリと引きしぼって放った矢はあやまたず、仏様の胸にふかぶかと突き刺さったのでした。

 そのとたん轟音とともに白い光も仏様のお姿も消えてしまい、あたりには闇と風の音が残るばかりでした。

 「この罰あたりめ! なんということをしたのだ」

 しかし猟師さんは慌てず騒がず、落ち着いた声でこういいました。

 「お坊さま、まあ落ち着いてわしの話をお聞きなさい。お坊さまは長年修行を積んだお方ゆえ、普賢菩薩様をごらんになってもおかしくはない。しかし小僧さんやわしにも見える道理はありませぬ。ましてわしは殺生がなりわい、こんな罪深い男に仏様のお姿が拝めるはずはございません。あれは普賢菩薩様どころか、お坊さまをたぶらかして、どうかすればお命を狙おうという妖怪にちがいありませんぞ。お気を鎮めて朝を待てば、きっと本当のことがわかりましょう」

 夜が明けて猟師さんとお坊さんが普賢菩薩の現れた場所を見ると、血の流れた跡がありました。それをしばらくたどって行くと、くぼみの中に猟師さんの矢に射抜かれた大ムジナの死骸があったのです。


 ……とまあ、ここまでは面倒くさいからいわゆる超訳ですませたのだが、一番最後の部分ははしょらずにご紹介しよう。

 坊さんは学問のある敬虔な人物ではあったが、ムジナにやすやすとだまされてしまった。しかし猟師は無学な不信心者だけれど、しっかりした分別に恵まれていた。だから持ち合わせていた知恵のみを助けに、たちまちおそろしい幻を見抜いて退治することができたのである。

 -みなさん、どうでしたか、このお話?

 -なんだか最近どこかで聞いたような感じがしますね。

 -はい、そうですね。よく気がつきました。TVで見たことをそのまま信用したり、学問があるからといって、大学の先生のいうことをなんでも鵜呑みにしてはいけません。むやみに勉強すればいいというものではなく、大切なのは分別なのです。わかりましたね?

 -は~い、先生。

 え、こんな小学校があるわけないだろうって? そのとおり。分別のある人ならそう考えるのがあたりまえである。

(RICOH CX2)

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June 02, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-02 赤ん坊はどこへいった

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 走行中の列車の窓からおばあさんと孫をみかけたので、とっさに撮った一枚。37年も前の写真である。たぶん兵庫県のどこか。

 こどもの数がめっきり減ったせいだろう、最近ではこういう光景をめったにみかけなくなった。みな貧乏だったのにちゃんとこどもを育てていた頃は、夕方になると近所のあちこちから甲高いこどもの声が聞こえてきたものだけれど、それも途絶えて久しい。

 だからこういう写真を見るとたまらなくなつかしさを感じるが、なんでも昔のほうがよかったなどというつもりは毛頭ない。しかしどうもおかしい、ヘンだ。アメリカの属国と化した日本は、いつの間にか風呂の水といっしょに赤ん坊まで流してしまったような気がしてならないのである。

(1974年3月15日撮影 Canon Demi) 

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