Daily Oregraph: 2011-06-30 タイプライタは男の道具
タイプライタのリボンを交換するのは二年ぶりだろうか。ぼくの好みは写真左上に見える黒一色のリボンなのだが、最近は入手困難だから、やむなく黒と赤のものにしたのである。
いまどきタイプライタかよ、とおっしゃる方がいるかもしれない。しかしプロは使うんだよね。
あらかじめ印刷ずみの書式に印字するにはタイプライタが一番なのだ。スペースバーを押しながらキーを打つというワザ(ご存じかな?)を使えば、枠内でもズレることなく印字できるし、ドットインパクト式プリンタが貴重品となったいまでは、複写用紙にも最適なタイプライタは事務用として当分生き残ると思う。
タイプライタにはほかにも美点がある。
打楽器の一種としても用いられるように、なんといっても音がいい。男性的な決然たる響きがある。パソコンのキーボードなどは、ペナペナして頼りない音だから、てんでお話にならない。おまえ、飯食ったのか? といいたくなるような情けなさである。
ちょっと脇道へそれるが、タタン、タタタンというタイピングの音は、『マクベス』第一幕第三場の魔女のセリフを連想させる。
A drum, a drum!
このタ・タンというリズムはまさに小太鼓のそれだが、到底日本語にはできない(そもそも日本式に発音してはリズムを再現できない)。ここはいかに苦心しても「太鼓だ、太鼓だ!」としか翻訳できないだろう。翻訳とは所詮不可能事であることが、この短いセリフからもよくわかる。意味は通っても音が通らないのだ。
昔のアメリカ映画などには、タバコをくわえた刑事が容疑者のそばでタイプライタを打つ場面があったけれど、レミントンのクラシックなタイプライタなどは、小道具としても実に存在感がある。打音が容疑者に与える心理的圧迫感という点からしても、パソコンじゃダメ。
さらに事務員からすれば、タイプライタの音は仕事をしているというアピールになるし、上役にしてみれば、あいつ仕事をしているなという安心感が得られる利点もある。もちろんパソコンのキーボードだってそれなりに音はするけれど、なにを打っているか知れたものではない。だがまさかタイプライタで遊ぶような物好きはいないだろう。
もひとつおまけにタイプライタの持つ緊張感を美点のひとつとして挙げておこう。ミスタイプしたって一向に平気というパソコンは、サムライの使うべき道具じゃない。ミスタイプしたら切腹、というくらいの覚悟で仕事をしてほしい。
……なんてね、昔さんざん苦労したから、ぼくはイヤだけどさ。
(RICOH CX2)
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