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June 03, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-03 コモン・センス

110603fog
 -冴えない天気ですね、ほんとに。こういう日は教科書を閉じて、先生がお話をしてあげましょう。

 -わーい。どんなお話ですか、先生?

 -もちろんためになるお話ですよ。ここは小学校ですからね。

 ……という次第で、先生が聞かせてくれたのは、小泉八雲の Common Sense  なのであった。

 -太郎君、コモン・センスってなにか知っていますか?

 -はーい、常識のことですね。

 -よくできました、といいたいところですが、わたしたちがふつう常識というのは、たいてい common knowledge のほうなのです。つまりみんなが知っていることをいいます。コモン・センスは分別とでもいえばいいでしょうか。

 -あの、小学校の授業にしてはいくらなんでも程度が高すぎやしませんか?

 -いや、昭雄君、これでいいのです。ゆとり教育のせいで、みんな頭がポポポポーンになってしまいましたから、レベルの低下については文科省も深刻に反省しているのです。その証拠に、1ミリシーベルトという基準をいっぺんに20ミリシーベルトにまで引き上げたでしょう。もっともそれはあんまりだというので撤回したようですけれど、どうもやることが極端でいけません。

 -先生、あまり政治的な発言はしないほうがいいですよ。右派の人になにをいわれるかわかりませんから。最近教員組合に風当たりが強いでしょ。

 -ハハハ、そうですね。花子さんはとても分別があります。ではお話をはじめましょう。

 さて先生が聞かせてくれたお話とは……

 昔京は愛宕山のさびしいお寺にえらいお坊さんがいて、朝から晩まで経典の勉強に余念がありませんでした。いくら学問に励んだってお腹はふくれませんから、里の人がなにくれとなく面倒をみてくれるのですが、山で狩りをする猟師さんもそのひとりでした。

 ある日のこと、その猟師さんがお米を届けにお寺にやってまいりますと、お坊さんはこういいました。

 「来る日も来る日も経を読み、長年精進したせいでもあろうか、このごろ夜な夜な普賢菩薩様が象にお乗りになって、わしのようなものの前に姿をお見せになるのだ。おぬしも今夜はわしといっしょにいて、仏様のお姿を拝んでいきなされ」

 それはもったいないことだというので、猟師さんはお寺に残りましたが、そんなふしぎなことがほんとにあるものだろうかと、だんだん疑いの気持が湧いてくるのでした。

 そこで小僧さんをつかまえて、

 「お坊さまは毎晩この寺に普賢菩薩様がおいでになるというが、小僧さんも菩薩様を拝んだのかね?」

 「もう六ぺんも拝みましたとも」

 それを聞いて、猟師さんはますます不審に思いましたが、ともかく仏さまが現れるのをいまや遅しと待つことにしたのです。

 もうじき真夜中というころ、そろそろ菩薩様がおいでになるというので、お寺の戸をすべて開け放ち、三人は東の方角を向いて座りました。

 暗くて風の強い夜でした。三人がじっと待っておりますと、やがて東の方に星のような白い光が現れました。それはぐんぐん大きくなりながら近づいて、あたりを明るく照らし出すのでした。そしてまばゆい光を放ちながら、巨大な象に乗った普賢菩薩がお姿をあらわしたのです。

 お坊さんと小僧さんはひれ伏して熱心にお経をとなえはじめました。ところが猟師さんは弓を手にしてすっくと立ち上がり、キリキリと引きしぼって放った矢はあやまたず、仏様の胸にふかぶかと突き刺さったのでした。

 そのとたん轟音とともに白い光も仏様のお姿も消えてしまい、あたりには闇と風の音が残るばかりでした。

 「この罰あたりめ! なんということをしたのだ」

 しかし猟師さんは慌てず騒がず、落ち着いた声でこういいました。

 「お坊さま、まあ落ち着いてわしの話をお聞きなさい。お坊さまは長年修行を積んだお方ゆえ、普賢菩薩様をごらんになってもおかしくはない。しかし小僧さんやわしにも見える道理はありませぬ。ましてわしは殺生がなりわい、こんな罪深い男に仏様のお姿が拝めるはずはございません。あれは普賢菩薩様どころか、お坊さまをたぶらかして、どうかすればお命を狙おうという妖怪にちがいありませんぞ。お気を鎮めて朝を待てば、きっと本当のことがわかりましょう」

 夜が明けて猟師さんとお坊さんが普賢菩薩の現れた場所を見ると、血の流れた跡がありました。それをしばらくたどって行くと、くぼみの中に猟師さんの矢に射抜かれた大ムジナの死骸があったのです。


 ……とまあ、ここまでは面倒くさいからいわゆる超訳ですませたのだが、一番最後の部分ははしょらずにご紹介しよう。

 坊さんは学問のある敬虔な人物ではあったが、ムジナにやすやすとだまされてしまった。しかし猟師は無学な不信心者だけれど、しっかりした分別に恵まれていた。だから持ち合わせていた知恵のみを助けに、たちまちおそろしい幻を見抜いて退治することができたのである。

 -みなさん、どうでしたか、このお話?

 -なんだか最近どこかで聞いたような感じがしますね。

 -はい、そうですね。よく気がつきました。TVで見たことをそのまま信用したり、学問があるからといって、大学の先生のいうことをなんでも鵜呑みにしてはいけません。むやみに勉強すればいいというものではなく、大切なのは分別なのです。わかりましたね?

 -は~い、先生。

 え、こんな小学校があるわけないだろうって? そのとおり。分別のある人ならそう考えるのがあたりまえである。

(RICOH CX2)

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