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June 28, 2011

Daily Oregraph: 2011-06-28 なぞへなくの謎

110628fog
 霧の深い日には、柄にもなく恋の話題を。もちろん明日雨が降っても責任は取らない。

 ちはやぶる神代も聞かず……の歌は『伊勢物語』百六段に登場するが、それをネタにした落語『千早振る』はバカバカしいけれどおもしろい。よくできた噺だと思う。

 ちはやぶる……は、ぼくにもなんとか理解できそうな気がするけれど、同じく『伊勢物語』の九十三段にみえる歌はむずかしい。いかに物知りの大家さんといえども解釈に苦しむのではないだろうか。短い段だから全文を引用すると、

 むかし、男、身はいやしくて、いとになき人(たいへん身分の高い人)を思ひかけたりけり。すこし頼みぬべきさま(少しは脈がありそうなようす)にやありけむ、臥して思ひ、起きて思ひ、思ひわびてよめる。

  あふなあふな思ひはすべしなぞへなく高きいやしき苦しかりけり

 むかしもかかることは、世のことわりにやありけむ。


 地の文はそうむずかしくはない。「思ひわび」は岩波古語辞典には「
思う気力もなくす」とあるが、なんだかピンとこない。思いつづけて精神が消耗した状態をいうのだろうけれど、手元にある注釈書(新潮日本古典集成)の「思慕にたえかねて」という解釈のほうがしっくりするような気がする。

 歌の意味はよくわからない。新潮社版の先生も、

 難解な歌で、「あふなあふな」は平凡な、の意という説に従って解しておくが、よくわからない。

と降参しつつ、

 分相応に恋はすべきだ、相手との身分を比べたりせずに。身分が高いとか賤しいとか、そういうことが関わってくると恋も苦しいことだ。

と解釈している。しかしこの解釈ではさっぱり意味が通らない。「分相応に」というなら、相手との身分差をしっかり認識して、と解さなければ前後がつづかないからだ。

 「あふなあふな」は岩波古語辞典でも「
【副】分相応に」とあるが、「アブナアブナと見て、恐る恐る、慎重に、と解する説もある」とつけ加えている。

 「なぞへ」は「
別のものを同等のものとして扱うこと。対等のものとして見なすこと」(岩波古語辞典)だから、「なぞへなく」は対等のものとしてではなく、「身分ちがいをわきまえて」ということだろうか。

 だとすれば、 「なぞへなく」は「思ひはすべし」にかかるのだろう。だが前ではなくうしろにかかるのだという解釈もあるらしい。

 新潮社版の先生によれば、

 下の句につづけて、比較にならぬような身分の高い者と低い者との恋は苦しいものだ、の意に解する人もあるが、「高き・いやしき」は並置であり、「なぞへなく」はむしろ、「思ひはすべし」への修飾であろう。

 岩波古語辞典では、この歌を引いて「なぞへなく」を「
対等ノ資格トシテデナシニ」と解しているけれど、この解釈だとどこにかかるのか、わかったようなわからないような感じが残る。「対等の資格としてではなくて、あくまでも身分の高い者と低い者として(恋をするの)は苦しかりけり」と解するのか、「相手と対等の資格としてではなく、おのれの身分をわきまえて思ひはすべし」と解するのだろうか。

 結局この歌の解釈はひとえに「なぞへなく」の処置いかんにかかっているのだと思う。専門の先生にもわからぬものがぼくにわかるはずはないけれど……

 分をわきまえて恋はするものだよ
 -なぞえなく-(自分が相手と対等だなんて思わずにね(?))
 身分ちがい(の恋)とはつらいものなのだから

 とにかく身分ちがいだとろくに口を聞くチャンスもないわけだから、よほど苦しいにちがいない。まことにお気の毒である。放っておいたら一命が危ぶまれるので、一杯やりながら苦しい胸の内を聞いてあげてもいい。

 ただしこの男、身分いやしいと書かれてはいるけれど、まさかホームレスではあるまい。ひょっとしたら中将クラス(笑)。だとすれば、かなり危険な禁断の恋を暗示しているのかもしれない。それならこれ以上おつきあいしかねるから、もう勝手にしてほしい。

 日本文学は専門外なのにデタラメを書いてしまった。三友亭さんにきびしくご指導いただきたいところである。

(RICOH CX2)

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Comments

専門のはずの万葉集でさえおぼつかないものを・・・伊勢とは難題を。

 ましてや、新潮の古典集成の伊勢といえば渡辺実先生では・・・この国語学の大家中の大家が今一つよくわからないと言っているようなことについて不勉強この上ないこの私がなにかをいうなどととんでもない

・・・っと謙虚なふりを見せておいて・・・ここでそんな先生もよくわからないことをここでスパッと説明できたならば・・・

・・・・今頃私はいずこの大学の・・・年齢からいえばボチボチ教授・・・・

ということで、よくもまあこんな難しいやつに目をお付けになりましたなあと感心しているところです。

感覚としてはおっしゃるように「なぞへなく」をどう理解するのかがぽいとになるのは分かっているのですが・・・

Posted by: 三友亭主人 | June 28, 2011 at 23:11

>三友亭さん

 どうもお呼び立てして(笑)申し訳ありませんでした。

「分相応に恋はすべきだ、相手との身分を比べたりせずに」の「相手との身分を比べたりせずに」という箇所ですが、ウィスキーを飲みながら考えたら、渡辺先生のいわんとするところがなんとなくわかりました(だから酒やタバコをバカにしちゃいけないんです)。

 つまり分相応な恋をするかぎり、相手との身分差は考えなくてよい、身分を比べたりすることはない……だから身分を比べたりするような恋ではなく、分に応じた恋をすべきだ、という意味なのでしょう。

 先生、よほどお考えになったらしく、その結果がこういうわかりにくい表現になったのだと拝察いたします。

 思うに専門家というのは、あらゆる可能性を捨てませんから、素人のようにスパッと割り切ることができない場合もあるわけです。多くを知っているからこそ慎重なんですね。

 そういう事情を知らない人々は、な~んだとバカにしがちですけれど、専門家であればこその迷いもあることは頭に入れておいたほうがいいと思います。

 昔NHKで、本物を当てる番組がありました。一人が本物、あとのふたりは門外漢なんですけど、これが意外と当たらない。

 なぜかというと、本物である専門家は、司会が出す質問に対して、イエスの場合もあればノーの場合もある、というふうにまじめに考えて対応するから歯切れが悪いのです(笑)。それに対して、門外漢は無責任だから、ズバリ答えるわけです。

 回答者はズバリと答えるほうが本物だと思いこんでワナにはまるというしかけです。

 ですからぼくがもっと自信ありげに書けば、専門家らしく見える可能性もありますね(笑)。

 あふなあふな記事は書くべし……

Posted by: 薄氷堂 | June 28, 2011 at 23:39

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