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January 31, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-31 しめくくり

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 2011年1月のしめくくりはこちらのおでん。大根とコンニャクね。やはり今の季節、大根は外せないのである。

 そんなわけで、たいして酔ってはいないけれど、いささか疲れたため、昨日の続編は一日遅れとしたい。

 報告終わり。

(Canon IXY 30S)

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January 30, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-30 北大通を歩く 往路編

 思い切って取材を敢行した。といっても海外へ出かけるほどのヒマも金もないから、釧路駅まで行ってせめて旅行気分にひたろうという、涙ぐましき低予算ロケである。

 しかしこれがなかなか楽しめたので、まさに最低費用で最大幸福(笑)。その成果を3回に分けて、ノンキなレポートを掲載したい。

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 まずは車を港文館裏に停めて、幣舞橋へ。橋の下の氷はこんなぐあい。気温は-6度だが、風がないから快適に歩くことができた。

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 橋を渡ると……おや、案外人出があるようだ。いや、冗談ではなく、画面を拡大してチェックしたところ、歩行者を九人まで確認できたから、休日の北大通にしては少なくないのである。

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 やはり歩くにかぎる。ふだん見過ごしているものを発見できるのだ。

 道路標識の片側に児童絵画らしきものが見える。かなりのサイズだから、原画を拡大したのだろう。おもしろい試みだが、意図のほどは測りかねる。

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 取り壊されたビルの跡地が駐車場になり、偶然芸術の現れた場所。大通りからこういう景色がむき出しになっているところは、情けないといえばいえるけれど、世の中にはこういうのをおもしろがる変人もいるのである。

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 これも上に同じ。こういう壁面を意図的に作ろうとするのは困難なのだから、偶然芸術の資格十分である。

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 十字街にさしかかる。ここの標高が1.7メートルとは新発見であった。なるほど津波に襲われればひとたまりもあるまい。

 ふだんから町歩きをしていればいざというときに身を守れる、という好例である。

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 信号を渡れば、釧路市民にはおなじみの景色。ああ、マチへ来たという実感が得られる、いまとなっては貴重な一角である。このへんから駅にかけて、人影はほとんど見あたらなかった。

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 残念ながらその後偶然芸術には出くわさぬまま釧路駅に到着……といっても、実はこの写真は帰りがけに撮った一枚である。釧路駅編は明日掲載する予定。

 ついでながら……ちょっと見にくいかもしれないけれど、画面右端に一人のおじさんが写っている。このおじさん、ぼくが駅に到着したときはすっくと立って、朗々たる声を張り上げて古い歌を歌っていたのにはビックリ。その昔は新宿駅のフォークゲリラだったのかもしれない(笑)。

(Nikon D200 + Ai 35mm F2S)

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January 29, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-29 アクセス数12万達成感謝

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 今日は買い物と写真の整理。一日一枚を実行できなかったので、京都通信員の撮影した写真を掲載しておく。雪の三条大橋(2010年2月6日撮影)である。

 本日アクセス数が12万を越えた。このブログをスタートしてしばらくの間は、一日のアクセス数20未満だったのが、ここ4ヶ月間の平均では一日98アクセスだから、思えばずいぶん出世(?)したものである。デフレの世の中だけに、アクセス数の増加はまことにうれしく、読者のみなさまには心より感謝申し上げたい。

 なにかといやなことの多い世の中だけれど、当面の標語を「最低費用で最大幸福を」と定め
(注)、12年物のスコッチが飲めなければトリスを、乙類焼酎が飲めなければ甲類を、高級カメラが買えなければ 9,980円のデジカメを……つまり弾薬が尽きても竹槍で闘おう、最後まで酔っ払おう、という不退転の覚悟をもって、ノンキな駄文を書きつづけるつもりなので、一層のご支援(ご鞭撻は痛いからご遠慮する)をお願いする次第である。

 
(注)当社は幸福実現党とは無関係である。

(Panasonic DMC-FX37)

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January 28, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-28 寒き世に

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 寒いねえ、どうも。まあ、こっちへお上がり。饂飩でも食べてあったまっておくれ……写真だけどさ(笑)。

 
一条通馬代東入西白梅町千成餅のたぬきうどん ¥380。私の冬の定番です。 -当社S京都通信員

 饂飩といえば讃岐や大阪が有名だけれど、京饂飩は実にうまい。大阪の饂飩はよく知らぬが、ぼくは讃岐より京都を選ぶ。出前持ちとして饂飩屋に奉公したぼくがいうのだからまちがいない。あまりのうまさに、一生ここで暮らそうかしらと思ったほどなのだ(笑)。

 ……と、通信員の写真でごまかしたぼくは、昨日から今日にかけて虚子の『子規居士と余』、『漱石氏と私』を読了。体質的に古いほうが合っているらしく、最近の芥川賞や直木賞作品をはじめ、新しい小説にはてんで興味がないから、青空文庫にはすっかりお世話になっている。

 昼食に饂飩を食って、押入なしの三畳間に戻り、万年床に寝そべって昔の小説に読みふける。むろん学校にも行かなければ働きもしないのである。金はないがヒマはある。ふしぎなことに死なない程度には生きていける(笑)……それこそ下等遊民の生活、ぼくのめざす境地なのである。

 一国の首相が国民に向かって最小不幸社会などとたわけたことをいう世の中である。みなさん、幸福などという幻想を抱いてはいけませぬ、この世の大前提は不幸にほかなりませんというのだから、政治センスはゼロ、世界史上稀に見る暗愚の宰相にちがいない。

 首相が首相なら大臣も大臣、どうかすれば九十歳まで生きられようという奇跡の長寿社会(いつの間にか十年も寿命が延びてしまった(笑))、歯が抜け落ちようと足腰が弱ろうと、七十過ぎまではなんとか現役で働けるはず、ハッキリいって死ぬまで働きなさい……というのだが、君ボケたまふことなかれ、そんなことをいえとお祖母さんは教えしか。

 たとえ消費税を上げたところで年金支給は遅れると宣言しているのだから、要するにやらずぶったくり、老人が職場に居座れば若者の職はかぎられるし、前途には絶望だけが待っている。これでは少子化は憂うべきことどころか必然というものであろう。それとも子供を増やして非正規低賃金労働者を大量生産しようとでもいうのだろうか。

 どこをどう叩いても希望というものが転がり出ないというのは、もう無茶苦茶である。このままではいずれヒトラー待望論が澎湃として湧き起こるか、軍事クーデターが起こるか、どうせろくなことにはならないような気がする。

 ああ、いやだ、いやだ……と思ったところで、ハッと目がさめた。なんだ、夢だったのか。煎餅布団の上で本を読んでいるうちにウトウトと眠ってしまったらしい。

 腹が減ったから晩飯も饂飩にしようかと財布をあらためると、残金わずかに350円。これでは千成餅のたぬきうどんも食えぬから、チキンラーメンかマルちゃんの赤いきつねでも買うとしようか。じいさんが政府に反旗を翻して労働をこばむのはいいが、下等遊民の道というのもなかなかきびしいようである。

(Panasonic DMC-FX37)

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January 27, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-27 夢は北海道を……

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 昨夜は早く寝るつもりだったのに、ネットに掲載されたバイク乗りの方の北海道ツーリング・レポートなどを、ついつい夜中近くまで読んでしまった。

 ぼくは肩のこらない旅行記風の読み物が好きなので、ときどきこの手のサイトにおじゃましている。文章は上手下手さまざまだけれど(失礼)、プロじゃないのだから、それは当然。しかし喜怒哀楽が素直に表現されているせいか、たいていは腹の足しにもならぬ文学部の論文などよりずっとおもしろく(笑)、一杯やりながら楽しませていただいている。

 それにみなさん北海道が心底お好きらしく、毎年のように貴重な休暇のすべてを充てて道内を走り回っているのだから、道民のひとりとしてはうれしくもあり、ありがたくもある。どうかこれからもごひいきに。

 ネット上で北海道旅行の記録を発表しているのはバイク乗りだけではない。自転車乗りや徒歩旅行者のサイトもある。おもしろいのはそれぞれの通称である。バイク乗りがライダーなのはあたりまえだけれど、自転車乗りはチャリダー、徒歩旅行者はトホダーというらしい。

 そういえば、昔谷啓さんが「谷だー!」というギャグを放っていたと記憶している。「チャリだー」や「徒歩だー」もその系列かと思うけれど(?)、英語風味が混じっている点では、野球の和製英語「ナイター」に近いのかもしれない。もっとも秀逸な造語は「トホダー」だとぼくは思っている。トボトボと歩きながら、ときには雨に打たれたりして途方に暮れ、トホホ……という語感がすばらしい。

 バイク、自転車、徒歩のどれもが雨風に直接身をさらしての旅だけに、旅行者の間に一種の連帯感が生まれるのはもっともだと思うし、彼らの多くがいわゆる「ふれあい」志向なのも納得できる。

 その点自動車の旅は風雨をものともしない分だけ軟弱でもあるし、場合によっては、起きてから寝るまで閉ざされた空間内ですべてが間に合ってしまう。必要以上に他人と交渉するのが苦手な人向きといえるかもしれない。外界と鉄板一枚隔てて走り回るせいか、やや波乱に乏しいから、率直にいってドライブ派の旅日記には読ませるものが案外と少ない。感動を伝えるためには、一層の文章力が要求されるのではないだろうか。

 ぼくはバイクには乗れないし、自転車をこぐ体力はすでに衰えてしまったし、歩いて北海道を一周するなど夢のまた夢、残された手段といえばもはや自動車しかない。しかし軟弱でもいいから(笑)、道内を車で一回りしたいものだ。北海道に生まれ育ちながら、まだ訪れていない場所がずいぶん多いのである。

 ぼくに残された時間はそう多くはない。うかうかしているとトホダーどころか、酒の飲み過ぎでおらは死んじまったダー。

(RICOH CX2)

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January 25, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-25 雪の降る街を

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 日中は雪。今日の降りようはあまり品がなく、ひょっとしたら積もるかもしれないと心配していたら、ありがたいことに、いいかげんなところでやんでくれた。おれはね、雪かきがきらいなんだよ(笑)。

 写真の場所は通称十字街。大通りが十字に交差するのでそう名づけられたのである。昼間ここを通ることはめったにないのだが、たまたま仕事中に通りかかったら、うまいぐあいに信号待ちの先頭になったので、今日の一日一枚としてパチリ。

 ここはかつてマチの中心の中の中心であった。東西南北いずれの方向も重要な道路だから、いまでも車の交通量は多いのだが、人影はめっきり減ってしまった。

 昔のにぎわいはいまいずこ……

  雪の降る街を 想い出だけが 通りすぎてゆく

というわけで、歌の文句とぴったり合ったのはめでたい。

(RICOH CX2)

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January 24, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-24 苦しまぎれに

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 夜のうちに粉をまぶしたほどの雪が降っていた。薄化粧ともいえぬほどの上品な雪である。できることなら上品なまま春を迎えたいものだが、そうは問屋が卸すまい。

 冬の間はどうしても外出の機会が減るから、毎年ブログのネタに窮することになる。そこで昔の写真を再利用して、なにかシリーズものができないものかと思案中である。

 ところがその写真なるもの、やたら数はあるけれど、どれもこれも実に不出来なのだ。いまでも十分ヘタクソなのは自覚しているが、十年前のものを見直すと、泣きたくなるほどひどいものばかり、才能のなさ歴然たるものがある。

 しかし、そこをなんとかごまかすのがプロというものだろうから(え、ちがうって?)、ちょっと考えてみるつもり。

(RICOH CX2)

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January 23, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-23 子あえ

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 まずは今日の春採湖。ひさしぶりに丘に登ってパチリ。

 おだやかな一日であった。今年は雪が少なくてほんとうに助かる。

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 さて昨日だったか一昨日だったか、あるTVの番組で北海道の「子あえ」という料理を紹介していた。

 タラの卵と突きコンニャクを合わせて煮つけたものである。札幌ではふつうマダラの卵を用いるらしく、番組をご覧になった方は北海道はどこも同じだろうとお思いになったかもしれない。

 しかし北海道は広いから、簡単にひとくくりにしてはいけない。釧路でもマダラを使うことはあると思うが、スーパーに行っても札幌辺のようにマダラの卵がずらりと並んでいることはない。こちらではスケソウダラ(=スケトウダラ)の卵(タラコの原料)を使うのがふつうなのである。

 マダラの卵は巨大だから、包丁を入れて中身だけを取り出し、皮膜の部分は捨ててしまう。家庭によって流儀はちがうかもしれないが、わが家ではスケソウダラの卵の皮を残し、適当にほぐしてかたまりが少し残るくらいで調理する。これには舌ざわり歯ざわりに変化がもたらされるという利点があるように思う。

 番組では週になんべんも食べると紹介されていたが、ほんとうだろうか? もちろん決してまずいものではないから、たまには食べたくなるけれど、取り立てて美味とも思えないのだが。見た目もあまり美的ではないしね(笑)。

(Nikon D80 + Tamron A09 & D70 + Ai Micro 55mm F2.8S) 

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January 22, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-22 弥生中学校~さいはての停留所

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 弥生中学校前の坂道を登りながら、こう考えた。

 地道に書けば目立たない。流行(はやり)に乗れば流される。Easy を通せば退屈だ。とかくに記事は書きにくい。

 書きにくさが高じると、田舎を出て旅をしたくなる。どこへ旅をしても書きにくいと悟った時、記事が生まれて、画が撮れる。

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 そう悟ったつもりになったところで、とても
霊台方寸のカメラ(≒魂宿る心というカメラ)に澆季溷濁(ぎょうきこんだく≒人情乱れて濁った世)の俗界を清くうららかに収め得ることなどできそうにないのである。

 しかしそんなことにはお構いなしに、澄み切った冬の青空の下、閉校になった弥生中学校の校舎はひっそりと眠っていた。

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 おや、体育館に真新しいアルミのドアができていた。「監視カメラ作動中」と標示されているドアの向こうには、PCB なる物騒なものが保管されているらしい。なるほどこれが澆季溷濁というやつらしい。

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 監視カメラの前にいつまでも身をさらすのはご免だから、いつものように校舎の脇を通って浜へ降りようとしたら、道がついていない。

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 やむをえず、いったん学校前の道路に出て、校舎裏をめざす。写真左上には、釧路埼灯台が見える。

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 ああ、ここだ、ここだ。やはり道はついていないけれど、雪はさほど深くないから、時々くるぶしのあたりまで埋まりながらも歩くことができた。

 写真に見える家は廃屋である。その右の建物は完全に崩壊している。木造のアッシャー家である。この眺めはちょっと気に入っている。

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 ここを下っていくと、浜への道に出る。足跡はあるものの、ほとんど人通りのないことがわかる。用事もないのにここを通るような人物は純然たる物好きにちがいない。

 このあたりは京都西陣の路地に匹敵する裏道ともいうべく、釧路の達人と自称してもいいんじゃないかと、ちょっと鼻が高い。

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 通りに出てアッシャー家を見上げる。つい数年前までは原型をとどめていたはずの二階が完全に潰れている。

 この建物を 1998年の8月に撮影した写真が残っているのでごらんいただこう。

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 窓がコンパネでふさがれているから、このときすでに廃屋だったのだろう。

 ぼくは嵐が丘とアッシャー家を足して2で割った孤高の建物として、ここが気に入っていたのである(どういいう趣味なんだ(笑))。

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 いつものコースに従って浜をめざす。毎度申し上げるように、天気がいいとデジカメの液晶モニタはほとんど見えない。カンに頼らざるをえないのだから、本当に困る。早く液晶ファインダを標準で内蔵装備してほしいものだ。

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 臨港鉄道沿いの道から太平洋を定点撮影。

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 今日の目的地である弁天ヶ浜停留所に到着。ぼくが勝手に「さいはての停留所」と呼んでいる場所である。

 踏切の手前には啄木の歌碑がある。啄木の行動範囲を考えれば、当然このあたりも歩いているはずだが、現在では浜の景色は大きく変わってしまった。当時の面影をしのぼうとすれば、もう少し東の知人(シリト、あるいはシレト)の浜まで行かなければならない。

 釧路を訪れるみなさまには、もし時間がゆるせば、ぜひこの停留所から知人の浜まで歩くことをおすすめしたい。足を伸ばすだけの価値があること請け合いである。ガイドがご希望ならご一報あれ。

(RICOH CX2 & Epson CP-500)

【1月23日追記】

 弁天ヶ浜バス停近くの踏切手前にある啄木歌碑の写真を追加しておく。

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(2000-09-13 撮影。Nikon New FM2 + AF 50mm F1.4D)

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January 21, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-21 近眼という不幸

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 少しずつ日が長くなってきた。ちょっと前までは、この時間になるともう真っ暗だったのである。

 さて『病牀六尺』には、当然病苦のつらさを訴えたり、病人らしいわがまま勝手を並べたりしているところもあるのだが、一方ではずいぶんノンキなことも書いてあり、とても重病人の文章とは思われない。そこがかえって子規の恐るべき気力を示しているともいえよう。

 「四十八」には双眼写真というのが登場する。これはいわゆる立体写真を見る装置である。

二つの写真が一つに見えて、平面の景色が立体に見えるのには、少し伎倆(ぎりょう)を要する。人によるとすぐにその見やうを覚(さと)る人もあるし、人によると幾度見ても立体的に見得ぬ人がある。この双眼写真を得てから、それを見舞に来る人ごとに見せて試みたが、眼力の確かな人には早く見えて、眼力の弱い人即ち近眼の人には、よほど見えにくいといふことがわかつた。

 これは本当である。近眼のぼくは立体視が大の苦手で、これまでに写真が立体的に見えたのはほんの二三度。それも散々苦労した末にやっと見えたのである。

 ただし近眼でも立体視の得意な人はいるようだから、例外少なからずと考えたほうがいいんじゃないかと思う。

これによつて余は悟る所があつたが、近眼の人はどうかすると物のさとりのわるいことがある、いはば常識に欠けて居るといふやうなことがある。その原因を何であるとも気がつかずに居たが、それは近眼であるためであつた。

 どうも話が妙な方向に発展してきたようだ(笑)。

近眼の人は遠方が見えぬこと、すべての物が明瞭に見えぬこと、これだけでも普通の健全なる眼を持つて居る人に比すると既に半分の知識を失ふて居る。まして近眼者は物を見ることを五月蠅(うるさ)がるやうな傾向が生じて来ては、どうしても知識を得る機会が少くなる。

 なんだか泣きたくなってきた。ひょっとしたら図星ではあるまいか。

人間の知識の八、九分は皆視官から得るのであると思ふと眼の悪い人はよほど不幸な人である。

 とうとうとどめを刺されてしまった。寝たっきりの重病人にこうも同情されては、まるで立つ瀬がない。

 そうか、おれが劣等生だったのは、やはり近眼のせいだったのか。しかし知識が足りなくともさほど不幸と感じていないのは、毎晩摂取するアルコールのご利益ではないだろうか。

 人生の楽しみの八、九分はアルコールから得るのであると思うと、下戸はよほど不幸な人である。だが……八、九分というのはちと多すぎかもしれない。依存症である(笑)。

(RICOH CX2)

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January 20, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-20 酒のみに与ふる書

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 はるか竹富島まで遠征したYさんからいただいた沖縄みやげ。品薄でなかなか手に入らぬ逸品らしく、お店によってはとんでもない値段をつけているという。

 そんな泡盛が磁石に引き寄せられるように飲んべえの手元にやってくる、というのがフレミングの左党の法則であったか。まことにありがたいことである。

 さてせっかくアルコールをいただいたことでもあるし、読み終えたばかりの『病牀六尺』から、アルコールに関する一節をご紹介してみたい。

われわれ下戸の経験を言ふて見ると、日本の国に生れて日本酒を嘗めて見る機会はかなり多かつたにかかはらず、どうしてもその味が辛いやうな酸ぱいやうなヘンな味がして今にうまく飲む事が出来ぬ。(九十一)

 下戸の子規先生は日本酒はあまりお好きではなかったらしいが、

これに反して西洋酒はシヤンパンは言ふまでもなく葡萄酒でもビールでもブランデーでもいくらか飲みやすい所があつて、日本酒のやうに変テコな味がしない。(同上)

と、意外にも西洋の酒には好意的であり、ひととおりは試してみたものとみえる。

 そのせいか、激痛に耐える病床にあっても、気分のすぐれたときには、

豆腐汁木の芽あへの御馳走に一杯の葡萄酒を傾けたのはいつにない愉快であつた(九)

と、ワインを楽しんでいる。野球(ノボール)の先生だけあってハイカラなものだ。

 ぼくは酔っ払いだから日本酒ももちろん飲むけれど、子規の言い分にはもっともなところがあると思う。同じ醸造酒にしても、日本酒よりワインのほうがはるかに飲みやすいからである。原料である果実の爽やかさによるものかもしれない。

 日本酒はヘンテコとまではいわぬにしても、たしかに一言では形容できないほど複雑な味がする。しかし子規の予想に反して、近年日本酒がかなり西洋人にも好まれているのはおもしろいことだ。

 焼酎には触れていないけれど、芋焼酎などは子規の口に合わなかったにちがいない。泡盛も古酒になると大変品のよい美酒であるが、若い泡盛には独特の臭みがあるから、先生はやはり敬遠したはずである。ブランデーはほめているが、ウィスキーは苦手だったのではないかとも推測できる。

 文学上の見識においては子規の足元にも及ばぬ劣等生たる薄氷堂先生だが、もしいささか取り柄があるとすれば、アルコールでさえあれば和洋を問わずなんでも飲んでしまうという一点のみであろうか。ああ、情けなや(笑)。

(Nikon D70 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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January 19, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-19 完全なる休日

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 五番町の盛竹湯(2002年9月20日撮影)。先日「京都写真だより」に掲載した略図の範囲に含まれる銭湯である。

 ここに入浴したわけではないが、今日はめずらしく朝風呂をしたので、銭湯の写真がよかろうと思って貼りつけた。

 気分転換をはかるために休暇をいただき、ぼくが今朝向かったのは山花温泉リフレ。この温泉の建物はモダンではあるが、もちろん京都の銭湯のような風格はない。

 平日の午前中だから、客は当然年配の方がほとんどであった。一番若いのはぼくじゃないかと思ったほどである(笑)。朝っぱらからおじいさんたちに混じって露天風呂なんぞにつかっていると、いかにも仕事をさぼったようで、一種の罪悪感にかられるものだ。

 ふだんはカラスの行水の男が約20分以上も風呂に入れば、体がクタクタになる。ことに温泉の湯は体にこたえると思う。フラフラと大広間に入って、だらしない格好で休憩すると、いくつかの小グループがゆっくり休みながら飲み食いしていた。

 すぐ近くでは老人夫婦二組のグループが折詰めらしきものをつまみながら話に興じている。やがておばあさんの一人がドリンク・コーナーから大ジョッキを買ってくると、ご亭主がそいつをグビグビと飲みはじめた。

 うらやましい! 運転手つきは、実にうらやましい。風呂上がりにビールをぐいっとやってこそ休日は完成するものだと思った。でもいいさ。おれはどうせ未完成な男だからなあ(笑)。

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 しかたがないから冷たい水をゴクゴク飲んで帰途につく。途中雌阿寒の雪がみごとだったので、今日の一日一枚。

 午後からは昨夜に引きつづき『病牀六尺』。読み進むうちに気分は現代から次第に遠ざかり、完全なる休日にやや近づいたかと思った。

(Nikon New FM2 + Ai 35mm F2S & D80 + Tamron A09)

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January 18, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-18 寒さひと休み

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 昨日も割と暖かかったけれど、今朝も最低気温-8.5度と、さほど寒さを感じなかった。事務所には朝から強烈な光が射しこんでいた。

 だからといって春が来たわけではもちろんなく(笑)、これから一年で一番寒い時期を迎える。世の中そう甘くはないということだ。

 散歩の回数も距離もすっかり減って、やたらと体重が増えるのだからやりきれない。体を使わぬ分だけ頭を使えばいいのだが、すっかり怠けぐせがついて、日に日にバカになっていくような気がする。

 青空文庫に子規の『病牀六尺』が公開されていたので、今日から読みはじめることにした。精神に少し活を入れるつもりである。

(Canon IXY 30S)

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January 17, 2011

Daily Oregraph: 京都通信員写真だより 上京区路地編

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 実にややこしい住所である。これを見て自分の位置がただちにわかるようになれば、まちがいなく京都の達人であろう。当社の京都通信員S君は、そんな達人のひとりである。

 S君の送ってくれた写真の整理がとんでもなく遅れたため、昨年(2010年)4月13日のレポートをいまごろ掲載するのはちと気がひけるけれど、写真を十数枚選んでみたので、上京区の路地歩きをお楽しみいただければ幸いである。あいにくの曇り空で色彩が冴えないため、すべてモノクロ変換したことをお断りしておく。

 実はHPのほうに記事を作成しようと思い、ひととおりの準備はしたのだが、面倒くさいので途中でやめてしまったのである。いまとなっては、専門業者に外注できる企業ならともかく、個人が一文にもならぬウェブサイトを維持するのは労力がかかりすぎると思う。

 さて今回の路地歩きコースを略図にしてみたのでごらんいただきたい。

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 おおざっぱにいえば西陣のあたり。このコース、名所旧跡を完全に無視しているところが売りである(笑)。

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 六軒町通仁和寺街道下ル西入付近(利生町)。このあたり相当路地が入り組んでいるらしい。

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 路地を抜ければ七本松通に出る。

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 下長者町通七本松西入下ル付近。

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 相生図子通下長者町下ル東入のあたり(鳳瑞町)。ここにも小さな祠がある。地蔵盆をやるのだろう。

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 鳳瑞町のとなり、三助町付近。

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 ここから仲之町。

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 これも仲之町。御前通に面した喫茶店である。町名標示は「御前通下立売上ル二丁目」となっている。

 なお「黒木」というこの喫茶店、マニアにはちょっと知られたお店らしい。

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 喫茶店脇の路地に入る。路面に足跡の残っているところなど、ちょいとアートっぽい。正面左にまたしても祠あり。

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 祠の前から振り返って見たところ。

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 祠を正面から見るとこんなぐあい。ちょっと意外な光景である。この路地を抜けて天神通に出る。

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 これはご愛敬。

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 たぶん冒頭のカラー写真にある住所のすぐ近くであろう。現在ヤマイチパンを買えるのかどうかは疑問だが、お店のガラス戸がなんとなくモンドリアン風でぼく好み。

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 終点の銭湯「源湯」。いかにも堂々たる構えで、料亭か旅館のようにも見える。番台で待ったがかかり、一見さんお断り、なんてね。

 ネット検索してみたら、この銭湯の住所は「上京区御前通西裏上ノ下立売上ル北町580−6」なので、まさに冒頭の写真と一致する。

 駆け足で写真を見てきたけれど、これはじっとしていられない。裏通り派の血が騒ぐのである(笑)。無数の名所旧跡はいうまでもなく、迷路のような路地といい、あちこちにあるなつかしい商店街といい、京都は靴をすり減らして一日中歩き回っても飽きのこない町なのである。

 ぼくも取材に行きたいのは山々なのだが、マイナーな報道機関ゆえにスポンサーのなきぞ悲しき。当分の間は通信員に任せることにして、取材用のデジカメもくたびれてきただろうから、先日 R10 を予備として送ったところだ。

(Panasonic DMC-FX37)

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January 16, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-16 釧路川河畔ちょっとだけ

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 天気はいいし、漁師さんたちは一見平気な顔で仕事中だし、なかなかのどかな光景なのだが……寒い! こう寒くてはたっぷりカロリーが必要だから、カモメが必死の形相でエサを奪い合うのも無理からぬところである。

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 まあ、どうぞおかけなさい、といわんばかりに椅子が置かれているけれど、遠慮しておこう。

 今朝はここに来る予定ではなかったのだが、野暮用あって外出したついでに、ふと立ち寄ったのである。

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 かなり氷があるという上流とはちがって、このあたりではときおり蓮氷がゆったりと流れてくる程度である。漁船のロープに付着した氷のかたちがおもしろい。

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 気温を知りたくて幣舞橋手前の「只今の気温」をチェックすると、写真ではちょっと見にくいが、-4度を示していた。今日も真冬日まちがいなしだろう。

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 がっちり着こんだおじさんが一眼レフをロープの氷に向けていた。なるほどおもしろい写真が撮れるかもしれない。

 風がないのは幸いだったが、ぼくは軽装だから寒さがこたえる。さっさと車まで逃げ帰ることにした。もっと重装備で来ていれば、マチを歩けたのだが……

(Canon IXY 30S)

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January 15, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-15 幸福の黄色いウィスキー

 今日の記事は老人の買い物からポックリ寺まで、正月早々縁起でもない話題になってしまったので、ちょいと反省している。しかしむやみに長生きすればいいというものではない、という考えを修正するつもりはない。

 たとえば酒も飲めずに生きていたところで、ただ呼吸しているというだけの話だから、人生になんの意味があるだろうか。

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 そこで口直しにアルコールの写真でもどうぞ(笑)。なんと賢弟が愚兄にプレゼントしてくれたのである。えらい! こういう身内さえいれば老後も安心というものだ。

 ぼくはトリスでもブラックニッカでも間に合うし、肴はメザシでいいという、ごく経済的な男である。金がなくとも愉快に生きるうえで、これは大事なポイントだろう。第一貧乏人の見栄っ張りやグルメ気取りほどみっともないものはない。

 さはさりながら、たまにご馳走やうまい酒にありつけるのはうれしいものである。日常お目にかからぬものを手にしたり口にしたりするのは心ときめくものだからだ。

 さればこそ、殿様が目黒のサンマに感激するように、庶民は12年物のスコッチを手にして感涙にむせぶのである。しかもこのウィスキー、化粧箱の宣伝文を読むと、

  In the beginning was THE GLENLIVET.

などと、聖書の文句みたいなこと(笑)が書いてあるから、ありがたさもひとしおである。

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 今夜はさっそくスコッチをいただいたので証拠写真ね。え、ピントが合ってないんじゃないかって? いいんだよ、これで。

 The monarch and the aristocracy appreciated the rich taste of THE GLENLIVET whisky....

というのだが、おれって殿様だったのか?

(Nikon D70 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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Daily Oregraph: 2011-01-15 幸せそれとも不幸せ

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 土曜日の午前中は定例買い物ツアー。いわゆるまとめ買いである。

 お店によって得意不得意があるから一軒ですますわけにはいかず、たいていはスーパーを二軒ほど回る。だからツアーというのは決しておおげさではない。午前中が買い物でつぶれるのはあまり愉快ではないけれど、生きていくためにはしかたがない。

 写真はある地元スーパーの前。駐車場はいつも混んでいるので、商売繁盛しているらしいのは結構なことだ。大資本ばかり儲かるのはおもしろくないから、及ばずながら応援しているわけ。

 自動車組のお客がほとんどだけれど、もちろん歩いて来る人もいる。ぼくの観察したかぎりでは、独り暮らしのお年寄り、それもおばあちゃんが多いようだ。日陰では歩道が凍っているから、足の弱った老人にとっては買い物をするのも一苦労にちがいない。

 それでも歩いてお店に来られる人は幸いである。ぼくの住む地区は食の砂漠といおうか、買い物界の北極圏といおうか、車がなければにっちもさっちもいかないから困る。

 最近ではネットによる注文を受けつけるお店もあるようだが、ほとんどのじいちゃんばあちゃんには無縁の世界だろう。面倒をみてくれる身内がいればまだしも、足腰立たなくなっても生き長らえることが幸福やら不幸やら、判断のつきかねる世の中になった。

 だいぶ以前ポックリ寺にお参りする老人たちのニュースを見た記憶がある。いまでもはやっているのだろうか。そろそろぼくもお参りしてこようかな。準備は早いに越したことはないからね(笑)。

(Canon IXY 30S)

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January 14, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-14 スリップ注意

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 今朝の気嵐(けあらし)。気象庁のデータによれば、今日の最低気温は07時53分で-15.3度だから、この写真を撮影した07時54分は、まさに一番寒い時間であった。

 昔の寒さを知るものにとっては、-15度くらい屁みたいなものだから(笑)、それほど驚きはしないが、今朝の道路の滑りやすいのにはヒヤヒヤさせられた。

 用心に用心を重ねて、スピードをかなり落としていても……場所によってはすぐに止まらないのである。ABSが作動するのでブレーキペダルを踏みっぱなしにするのだが、目標地点を行き過ぎてしまうのだから恐ろしい。

 今の時期、早朝の不要な運転は極力控えるべきだと思う。勤めさえなければ、こんな日はコタツでミカンといきたいところである。いや、正直いうと、ミカンよりもアルコールのほうがいいけどさ(笑)。

(RICOH CX2)

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January 13, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-13 偶然芸術家

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 昨夜は雪(写真左 21:04撮影)。この調子だと朝は雪かき必至だから、ウィスキーをあおって早めに寝たのだが……

 一夜明けて06時33分(写真右)、雪は案外早く止んだらしく、雪かきの必要もないくらいであった。どうやら大吉大利平安福のご利益が残っていたものとみえる。ありがたや、ありがたや。

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 出社すると、おや、駐車場にほとんど雪がないではないか。たぶん強風に吹き払われたのだろう。

 アスファルトのヒビ割れに残った雪の模様が、なんとなく地上絵を思わせる出来であった。いわば偶然芸術といおうか、たまたまアートといおうか。あてずっぽうに accidental art で検索してみたら、ちゃんとヒットするからおもしろい。似たようなことを考える人は必ずいるものだ。

 さて意図せざる偶然のしわざに美を見いだすのは人間の勝手というものだ。なにもヒビ割れの雪にはかぎらず、花を見て美しいと思うのも、結局は同じ心の動きなのである。

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 そういえば、空に浮かぶ雲なども偶然のアートの材料だろう。ヒビ割れに雪がたまるのも、野に花が咲くのも、雲がぷかぷか浮かぶのも、別に人間に見せるつもりでそうしているわけではない。そいつを人間様が拾い上げてはじめてアートになるのである。

 この考えを拡張すれば、路地裏写真なども意図せざる美を追究する偶然芸術の仲間に入ると思う。つまりカメラをぶら下げて裏通りをうろつくおじさんは偶然芸術家というわけである。

 え~、うそ~! なんていっちゃいけない。美術展の会場に便器を据えてもっともらしいタイトルをつければモダンアートになるんだから、ぼくみたいな薄汚いおじさんが芸術家を名乗ったってちっともおかしくないのだ。

 問題があるとすれば、アートとして拾い上げたつもりなのに、便器以下のできばえになることだろう(すまない!)。結局ゲージツの道はきびしいのであった(笑)。

(Nikon D200 + Ai 35mm F2S & Canon IXY 30S)

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January 12, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-12 大吉大利平安福

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 デッキを歩いてみたら、1番ハッチと2番ハッチが氷漬けになっていた。釧路揚げの貨物が3番ハッチだったのはラッキーだったといえる。

 え、写真が傾いているって? しかも左傾とはね(笑)。いいじゃないか傾いたって。人間だもの。

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 最初の写真でもわかるように、朝のうちは上天気だったけれど、次第に雲行きが怪しくなり、夕方からは雪の予報であった。

 雪が降り出せば荷役はストップするから、出港が危ぶまれる。これは弱ったな、と心配していたのだが……

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 揚荷は無事に終了して、パイロット・ラダーもセットされたので一安心。

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 なんと離岸直後から雪が降り出した。写真がボンヤリして見えるのは雪のせいである。

 しかしこれでは雪が確認しにくいから、

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えいやっと、ストロボ一発……めちゃくちゃなブレボケ写真になってしまった(笑)。

 まあ出港できたのだから、めでたし、めでたし。これも吾輩の日ごろの精進のたまものであろう、といいたいところだが、

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実は謎のお札のご利益らしかった。大吉大利平安福……ぼくたちにもめでたさが伝わるのは、漢字文化圏のありがたさというものであろう。

(Canon IXY 30S)

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January 11, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-11 freeze, froze, frozen

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 勤労青年の朝は早い。出社したときはまだあたりは暗かったが、日の出の約30分前になると東の空がようやく明るくなってきた。

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 岸壁に着くと、気嵐(けあらし)の向こうから本船が見えてきた。寒い。

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 冷凍庫から出し立てといった感じである。大時化に出くわさなかったからこの程度ですんでいるけれど、そうでなければ全体が分厚い氷に覆われているところだ。

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 車の温度計は外気温マイナス15度を示していた。今朝の気嵐は港内ではさほどでもなかったが、下船したパイロットさんのお話によると、港外は視界ゼロだったらしい。どうもお疲れさまでした。

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 本船のファンネルも二引。くしろ-OBさんへの大サービスである。

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 やがて朝の仕事も一段落したので、船上チェックポイントをパチリ。

 機会あるかぎり撮りつづけるつもりだが、あと何隻のチェックポイントを撮影できるだろうかと考える歳になってしまった、ああ。勤労青年とは真っ赤なウソだから、正直に訂正しておく(笑)。

(Canon IXY 30S)

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January 10, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-10 港町快晴

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 明日の仕事の準備をするため、ちょっとだけ出社したので、帰りがけに港町に立ち寄った。

 昨日に引きつづき上天気。雪の少ない釧路の冬は晴れの日が多いのである。

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 そのかわり、寒い。岸壁に立っていると、まるでチルドルームに保存されたマグロになったような気分がする。

 川の上流から流れてきた氷は、北西の季節風によって港町岸壁前に吹き寄せられる。これからもっと寒くなると、水面は完全に氷に覆いつくされるだろう。

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 この寒さの中、漁師さんたちは作業中であった。きっぱりした寒さというのは爽快なものだけれど、根性なしのぼくは温かいコーヒーを求めて、あえなく撤退したのであった。

(Canon IXY 30S)

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January 09, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-09 いつもの散歩コース

 朝のうちはひどく寒かったけれど、正午に近づくとポカポカ陽気になったので(といっても約マイナス3度だが……)、いつもの散歩コースを歩いてきた。年が明けてからはじめてである。

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 まずは受験生諸君のためにスベリ止メの砂箱をパチリ。

 神社に絵馬を奉納するのも悪くはないが、この写真を印刷して壁に貼ることをおすすめする。これこれ、バカにしてはいけない。どうせ効果のほどは変わらないのだし(笑)、第一タダなのだからうれしいではないか。

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 浸食の進んだ浜は、ずらりと並ぶ不粋な消波ブロックによって景観がぶちこわしにされたけれど、この方向から見るとあまり昔と変わっていない。丘の上に見えるのは閉校になった弥生中学校の校舎である。

 ああ、今ここに立つおじさんがかつて弥生中学校の生徒だったとは、だれが信じてくれるだろうか。でも本当なんだよ。

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 このコースはほぼ写真を撮り尽くし、どこをどう撮っても定点撮影になってしまうのがつらい。

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 ほらね、これもどこかで見たような写真なのだが、ここに来たらどうしても撮りたくなるからふしぎである。

 さきほどから線路の雪を踏むザクザクという音を聞いていると、まるで兵隊にでもなったような気分になる。たったひとりの敗残兵である(笑)。

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 敗残兵はとうとう知人の浜にたどり着いた。

 なんという穏やかな海だろうか。ちょっと寒いけど春の海。宮城道雄だね。

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 いまたどってきた道を振り返る。

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 知人町内の路地にあってひときわ異彩を放っているのが、この廃屋。かつては北海道様式の立派な建築であったにちがいない。

 この建物を13年前に撮った写真があるのでお目にかけたい。

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 かくして建物も人も朽ち果ててゆく。これこれ、そこのお嬢さん、おじさんを笑ってはいけませんぞ。汝の容色もいずれ衰えるべし。

 それにしても、「横綱印わた」の看板の丈夫なことといったら!

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 さていつもなら路地を抜けるのだが、今日は廃屋の右手を折れて米町への坂を上ることにした。ここを上り切れば、厳島神社や米町公園は間近である。

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 厳島神社の南側を通りかかったとき、前回見落とした石仏を発見。第二十一番「長等身 聖観世音」という『釧路叢書 春採湖』の記載とも一致する。これは今日の収穫であった。

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 観音さまというよりもとぼけた顔の人物像といった感じだけれど、そこがいいと思う。頭部の周囲に修復の跡があるから、初代のままなのであろう。左側の小さなお坊さんの像はやや新しいものか。

 この写真を見れば、天気がよすぎるとダメ、という意味がおわかりになると思う。これまた曇りの日に撮り直さなくてはいけない……というわけで、また散歩の理由ができた。

(Nikon D200 + Ai 35mm F2S & Epson CP-500)

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January 08, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-07 ホッピーな夜

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 寒いねえ、ほんとに。いきなり寒くなりやがった。お日さまが照って、風もたいしてないのに冷え冷えとするんだから、夜になるといっそう寒さがこたえる。

 こがらしの果はありけり焼鳥屋、ってね。寒さに追い立てられるようにして、一同はホッピーの提灯がともるお店に逃げこんだのであった。東京ではユビキタスなこの提灯を釧路で目にするのははじめて。

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 刺身三点セット。レバーがことにうまかった。肝臓をもって肝臓を制す、というやつだね。

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 うっかりパクついてから撮影したため、上の串がさびしいことになっているけれど、まあ、この肉のサイズをごらんなさい。ふつうのヤキトリの少なくとも五割増しはあると思う。

 このあともうまい串をいくつかいただいたのだが、いちいち撮るのはめんどうだから、残念ながら写真はない。グルメ系ブログではないから、いたって気楽なのである。

 ぼくはビールから芋焼酎へ。わが社のえらいお方がひとりだけホッピーを注文し、新橋のおじさんサラリーマン風の貫禄を示していた。

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 さてこのままおとなしく帰るような一行ではない。身を切るような夜の寒さをものともせず、次のお店へ向かう。

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 仕上げはバーボン・オン・ザ・ロックス。よもやま話をしているうちに、いつの間にか真夜中になろうとしていた。

(Canon IXY 30S)

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January 06, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-06 たそがれ

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 え、どこがたそがれだって? いや、これは失礼。実はたそがれの写真を撮る予定だったのだが、仕事をしているうちにいつの間にか外はたそがれどころか真っ暗闇になってしまったのである。やむをえず、今日のたった一枚を意味もなく掲載した次第。

 昨日のタイトルが「晩年」だから、ほんとうなら今日は「グッド・バイ」(まさか「人間失格」だなんていわないでね)にすべきところだけれど、それでは夢も希望もない。あんまりというものだ。

 -ばかやろう、なにをいってやがる。まだこれからじゃないか!

 しかしですね、あなた、書類を抱えて年金事務所へ行くようになっちゃ、人間たそがれを迎えたことはまちがいありませぬ。いや、たそがれならまだいいのです。

 戸籍謄本や住民票などをかき集め、銀行に寄って書類にペタリとハンコを押してもらい、年金事務所へ出頭したって、敵もさるもの、いろいろしかけがありましてね、わずかの年金なるもの、当分はいただけそうにないのですから、

  
うしろすがたのしぐれてゆくか  山頭火

 時雨ですよ、あなた、時雨に打たれちゃかなわない。たそがれのほのかな光さえ奪われた爺は、悄然として凍った道路をよろよろ歩くのでした。

 まあ、納得できないところもあるとはいえ、あらかじめ予想していたことだからそれはいい。実際は面倒な手続きが一度で済んでホッとしているのである。

 そもそも一期の月影かたぶきて、余算の山の端に近し(≒一生も終わりに近づき、余命も尽きようとしている)。たちまちに三途の闇に向はむとす。何のわざをかかこたむとする(≒じきにくたばろうという今になって、なにをぐちるつもりなのだ)。(『方丈記』)

 なるほどまさに賢者の言というべし。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

(Canon IXY 30S)

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January 05, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-05 晩年

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 行列ぎらいの男が行列に並び、

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儀式ぎらいの男が儀式に参加したら……やっぱり場ちがいなのであった(笑)。柄じゃないんだね。

 お歴々の挨拶なんぞ聞きたくもないから(失礼)、今年はひとりなのを幸いに、さっさと会場をあとにしたのであった。ありがたいことに、人間この年になれば、もうたいして怖いものはないのである。

 おっと、待てよ……饅頭こわい、金こわい。まだまだダメだなあ(笑)。

 かくして新しい年、いや晩年がはじまった。

(Canon IXY 30S)

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January 04, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-04 冬の夜の怪談

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 今日はシュトーレンを一切れいただきながら、冬の夜に怪談を楽しもうという趣向。

 わが国では怪談は夏と相場が決まっているけれど、英国では冬。実はぼくも冬派である。冬の怪談は怖い。なにしろ黙っていても寒いのだから、慄然として全身が凍りつくのはまちがいない(笑)。

 まず思い浮かぶのは、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』に登場する幽霊である。

 吹雪の夜、窓の外から少女の小さな手が現れ、すすり泣くような声で「入れて、入れてちょうだい!」と哀願する。そして窓越しにキャサリン・リントンの顔がぼんやりと……これは怖い。傑作だと思う。この場面は真冬に読むにかぎる。

 さて日本の幽霊だが、今夜は『皿屋敷』のお菊さん。桂春団治師匠演ずるところの落語『皿屋敷』によれば、あらすじは次のとおり。

 播州姫路の青山某という侍が美貌の腰元お菊にいくら言い寄ってもいうことを聞かぬ。そこでかわいさあまって憎さ百倍。家宝の皿を十枚お菊に預けたうえで、こっそり一枚抜いて隠してしまう。

 青山に皿が入り用だから出せといわれたお菊が何度数えても、皿は一枚足りない。おのれ皿をどこへ隠した、といいがかりをつけ、お菊を井戸に吊して上げたり下げたり、半死半生になったところを打ち据えて、白状せよと青山は迫る。

 しかし白状のしようがないから、お菊は身に覚えはないというばかり。とうとうお菊は一刀のもとに切り捨てられるのだが、その晩から彼女の亡霊が出現し、青山某はやがて狂死してしまう。

 あとはご存じのとおり。お菊の幽霊が夜な夜な井戸から現れて、一枚、二枚と皿を数えるわけである。

 -お前らみな、あのお菊虫という虫を知ってるか?

 -へえ、たしかあの、前でこう髪の毛がパラッとなって、手がこう後ろへくくられたようになってる……

 -そうや、あれはお菊の亡霊や。


 え、お菊虫? みなさまはご存じだろうか。たぶんご存じないと思うので、今夜は特別大公開(笑)。

 これぞ疑問を持ちつづけていればいつかは解決するという好例である。もっとも解決したって一文にもならぬ知識だが、金もうけはドラえもんとホリエモンに任せておこう。

Okikumushi

 上図は暁晴翁(木村蒹葭堂)の『雲錦随筆』に掲載されたもので、翁曰く、


 播州巡覧図絵にいわく、皿屋敷の世話は兒女子(じぢよし)の口にのみ残りて書き伝へたる物なし(中略)寛政七年卯年お菊虫といひてもてはやせり。世俗にお菊の年忌に出(いづ)ると言へり。これ妄談の甚だしきなり。漢名を蛹(よう=サナギ)といひて毛虫などの蝶にならんとする前に先(まづ)かくの形に変れり云々

 また、


 まさしく女の後手(うしろで)に搦(からめ)られ、木に括(くく)りつけられたる形象(かたち)なり。

とあり、なるほど図を見ると納得できる。

 ついでながら翁によれば、『播州皿屋敷』(元文六年豊竹座にて上演されたという記録あり)については、もともと江戸番町で起こった事件をもとに、番町を播州に置き換えたのだという説があるけれど、その説が正しいどうかは不明であるという。

 そういえば昔『番町皿屋敷』という映画を観た記憶が残っている。道理ではじめて『播州皿屋敷』を知ったときに混乱したわけだ。

 注:引用文は一部読みやすいように改めてある。

(Nikon D70 + Ai Micro 55mm F2.8S)

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January 03, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-03 新春春採湖周辺散歩

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 昨日もろくに歩けなかったし、運動不足を解消すべく、陽気に誘われて春採湖にやってきた。

 湖面はもちろん凍っており、小動物の足跡も残っているけれど、まだ氷はずいぶん薄そうである。正月太りのあなたやぼくは氷上に足を踏み入れぬほうが賢明だろう。

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 湖の水が春採川に流れこむあたりでは、ごく薄い膜のような氷が張っているだけ。薄氷を踏むとはいっても、これでは踏みようがない。

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 しばらく臨港鉄道の線路沿いに東へ進んでみたけれど、ごらんのとおり道の状態があまりよろしくない。カチカチに凍っているわけではないが、散歩にはふさわしくないので引き返すことにした。

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 春採川沿いの道を通って千代ノ浦へ向かう。正面に紫雲台の丘の墓石群が見える。正月にふさわしく、まさに冥土の旅の一里塚である。

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 紫雲台は大きな墓地だから、近くに石材屋さんが二軒ほどある。まさかとは思うが(笑)、これは特注の墓石だろうか?

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 暖かい日だが、ブラスチックの桶の中は大部分凍ったまま。

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 ホーマックの隣にあるリサイクルショップ。交通標識まで売っているが、この標識は去年からの売れ残りである。

 いったいこいつを誰が売ったのか、そして買い手はつくのだろうか……とバカなことを考えながらパチリとやるのが散歩写真の本道。いい年をした大人がマネすべき道楽ではない(笑)。

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 ノー・コメント。

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 路上の芸術。ちょっとミロ風、いや岡本太郎風かな……というわけで、今朝は新年初の気楽な散歩を楽しんだ。

 実は竹老園の庭園内にある二体の石仏も撮影したのだが、やはり散歩写真とはちがって、天気のよすぎる日はダメ、曇りの日に出直すことにした。

(Nikon D200 + Ai 35mm F2S)

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January 02, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-02 散歩未満

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 散歩がてら厳島神社へ行こうと思ったが、歩道が凍っているので足元があぶなくてしようがない。車で行こうにも、三が日は駐車場が混み合っている。そこで三吉神社をのぞいてみることにした。

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 三吉さんは予想よりもはるかに人出が少なかった。駐車場も空いている。やはり釧路市内で抜群の集客力(?)を誇るのは厳島神社と鳥取神社なのだろう。

 三吉さんのこじんまりしたおみくじ売り場は、なんとなく駄菓子屋さんを連想させ(失礼)、アットホームな感じがしておもしろかった。

 ぼくは不信心者のくせに神社びいきである。いわゆるお参りとしてではなく、散歩の途中に立ち寄るには最高の場所のひとつとして尊重しているのである。

 見知らぬ土地をテクテク歩くときなど、たまたまみつけた神社の境内に腰かけて、小鳥の声を聞きながらアンパンを食べたりすると、ノンビリした気持になって悪くないものだ。


 しかし今日は買い物をかねて車で出かけたから散歩未満。歩けなかったから欲求不満でもある。

(Canon IXY 30S)

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January 01, 2011

Daily Oregraph: 2011-01-01 光を信じて

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 2011年元旦。雪がちらついている。しかしシュトーレンにまぶした砂糖くらいの積雪だから、新年早々雪かきしなくてもすむのはめでたい。

 21世紀も一割が夢のように過ぎ去り、われながらよくこれまで生きてきたものだと思う。人生八十年などとノンキなことをいう人もいるが、周囲を見渡せば、えっ、あの人があの若さで? ということはいくらでもある。

 まさに無常迅速、メメント・モリ。寿命の保障などどこにもない。特に男性が八十まで生きるのはきわめて困難というのが実感である。人間五十年というのは昔の基準だから、ちょっと補正して六十年、あとはおまけと考えて生きたほうが気楽でいいんじゃないだろうか。

 2011年……ぼくにとっては輝かしいおまけ人生スタートの年である。酔っ払って生き、夢のように死ぬのが理想なれど(笑)、さてあと何年飲みつづけることができるだろうか。

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 元日はあまり出歩かぬものというのが日本国の伝統らしいから、今日はおとなしくしていよう。おせちをつまみながら一杯というのがよさそうだ。

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 雑煮の餅はふたつ。若いころの半分以下である。それでも一向に体重が減らないのは、いわゆる基礎代謝量が減っているからだろう。

 しかしこれも自然の摂理である。爺の大食いはいかにもみっともないから、これでいいのだ。

 -おじいちゃん、食べ過ぎちゃダメよ。見てよ、そのお腹。いやねえ、まったく。

 -花子や、せめて焼酎をもう一杯。

 -ダメ、ダメ、調子に乗っちゃ。アルコールだってカロリーあるんだから。

 正月からめでたさ中くらい、坊さんの説教みたいな話になってしまったけれど、こんなものだよ人生は……という調子で今年も駄文を書き続けるつもりなので、マイナーなブログではあるが、たまにはごらんいただければ幸いである。

 年頭にあたり、ぼく以外の(笑)爺さん婆さんの長寿と、まだ基準年齢に達していないおじさんおばさんのご健康、そして若者の幸福を切にお祈りしたい。

 あ、雪がやんで日が射してきた。暗い世の中にも必ず一筋の光は射しこむものと信じよう。

(Nikon D80 + Tamron A09)

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