Daily Oregraph: 2010-02-28 津波警報
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-交響曲ト短調って、モーツァルトの40番ですかいな?
-つまらんダジャレです。えらいすんまへん。
ふだん過保護を批判しているせいか、ぼくはタンチョウヅルとはきわめて相性が悪く、ほとんど写真を撮ったことがないけれど、今日はうまくいった。コンパクト・デジカメとはいえ、腐っても300ミリの威力であろう。
列車の窓越し、それも通路側の席から撮ったせいか、ホワイトバランスが今ひとつだったのでモノクロに変換してしまった。しかしツルはめでたいのだから、どうかご勘弁いただきたい。
わけあって一日中遊び回り、夕方にはこんな路地を……
-はてな、昨日もこのブログでこんな景色を見たような……?
-ハハハ、気のせい、気のせい。
いや、気のせいではない。またしてもここを歩いて通院(=精神安定剤を注射)したのである。やはり薬はちゃんとつづけなくちゃいけないからね。
レポートは明日以降になるが、本日は朝から晩までたっぷり取材してきたので、ありがたいことに数日分の記事は確保できた。乞うご期待。
(RIOCH CX2 & Nikon D80 + Tamron A16)
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春だなあ。
ごらんなさい。この時間になっても雪解け水が凍らず、そのまま水たまりになっている。
ははあ、またしてもノンキに一杯やってきたんだな、とお思いかもしれないけれど……実にそのとおり(笑)。
ほんとうはそれほどノンキな心境ではないのだが、酒というやつは深刻な顔をして飲むべきものじゃない。
顔で笑って腹で泣く……どこかで聞いたセリフだけど、まあそんなものだろう。故桂枝雀師匠のマクラじゃないが、人間おかしくなくとも笑っているうちにほんとうにおかしくなってくるものなのだ。
まして四人で焼肉なんぞをパクパク食べながら芋焼酎をグイグイやれば、肝臓にはよくないのかもしれないが、精神にはたしかによろしい。同じ依存症にしても、あやしげな精神安定剤よりはずっと健康にいいにちがいない(医学部の反論は受けつけない(笑))。
ほらね、盃のおかめさんもニッコリ笑って、文学部に賛成してくれているではないか。
(RICOH CX2)
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> 大和高田は私が関西の出てきたばかりの時に暮らしていた町です。
> (中略)
> 当時はこんな芝居小屋などはありませんでした。
とあったので、今日は急遽予定を変更して、S君が昨年の11月28日に撮影した大和高田市「大衆演劇 弁天座」の写真を一挙公開することにした。

ごらんのとおり、堂々たる小屋である。こちらのサイトの情報によれば、平成17年4月にオープンしたという。由緒ある劇場が復活したということらしい。
土地勘のある三友亭さんなら、「ああ、ここか」とおわかりになるかもしれない。
いろいろな角度から撮影しているから、記録写真としては上々だろう。たいてい一枚か二枚ですませるぼくも見ならう必要があると思う。
ゲージュツ写真派にはおもしろくないだろうが、記録に徹するのもまた立派な態度であろう。
しかしどの写真も超露出アンダーなのでチェックしてみたら、すべて-1.3であった(笑)。道理でレタッチ必須なわけだ。ご本人は気づいていないはずだから、注意しておこう。ぼくの経験では、たいていのコンパクト・デジカメはデフォルト-0.3がいいようだ(ネオン街だと-0.7あたりか)。
(Panasonic DMC-FX37)
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重い腰を上げて、京都通信員S君が送ってくれた写真の整理にとりかかった。なにしろ千コマ以上だから、相当時間がかかりそうだ。
昨年の暗峠越えの写真もまだまとめていないけれど、いずれ時間ができたら必ずホームページのほうでご紹介するつもりである。
S君は写真が趣味ではないから、歩きながら目にとまったものを無差別にバシバシ撮る。傑作をものにしようなどという邪念のないところがいい。コンパクト・デジカメの使い方としては上等ではないかと思う。
これは新今宮駅付近。2009年11月28日撮影。
この日はJRの「秋の関西1デイパス」(2,900円)を利用して和歌山線沿線を取材したらしい。絶対に切符のモトを取るという根性は、貧乏な当社の通信員にふさわしい。
社長たるぼくには当然金も時間もないから、S君への期待は大きいのである。必ず記事にまとめるので、ぜひがんばってほしい。
同日。近鉄大和高田駅付近の商店街にある芝居小屋。
こういう小屋は大阪の新世界にはまだ残っているが、なぜこんな小都市にもあるのか、どうして経営が成り立つのか、疑問を感じた彼はこの小屋だけで6回もシャッターを切っている。
未整理の他人の写真を見るのはおもしろい。人がなにに目を向けたのかというところに興味があるのであって、上手下手はまるで関係ないのである。
昔でいえば密着(コンタクト)プリントを眺めるような楽しみがある。しかもS君の場合詳細なメモが添付されているから、おのずと好読み物になっている。
このたびは SDカードのおまけとして関西限定のポテトチップスも送られてきたので、そいつをポリポリ食べながら写真を拝見している。
ところでこのポテトチップス、うまいけどちょっと塩分がきついんじゃないか。ぼくももう歳なんだから、次回はもう少しアッサリしたのをお願いしたい(笑)。
(Panasonic DMC-FX37 & RICOH R10)
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今日の日射しは強烈であった。
これは春も近いぞ……といったって、そうは簡単にいかないことは十分承知している。
また寒さがぶり返し、何度か雪が降り、散々じらされるわけだが、春はきっとくるという太陽の約束がけっして反古にはならぬこともわれわれはよく知っている。
あらゆる信仰のうちもっとも確実な根拠のあるものは太陽信仰だとぼくは考えている。なぜなら人間は太陽なしには存在しえないからだ。だからぼくが根っからの不信心者だなどというのはデマである。
太陽はかくもありがたいものだから、大切な恋人に向かって「君はぼくの太陽だ」などと歯の浮くようなことをいうのも、一応理屈にはかなっている。
考えてもごらんなさい。毎日皆既日食だったらどんなことになるか(笑)。恋人に去られた男のように、この世は闇だと嘆かねばならないのだ。
さて放りっぱなしにしてあるホームページのカウンタが、本日ついに9万ヒットを達成した。ごらんくださったみなさまには厚くお礼申し上げたい。
ぼくもホームページのリニューアルについてアイディアがないわけではない。しかし面倒だし時間もないし、つい放置していたけれど……いずれ手を入れねば。
(RICOH CX2)
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2月15日朝。
東京駅近くで400円也のきつねソバ。われながら妙な一品を注文したものだが、うっかり食券発売機のボタンを押してしまったのである。
このお店、値段は安いが立ち食いではなくテーブルと椅子完備。タバコぎらいの方には申し訳ないけれど、灰皿が置いてあるのもうれしかった。
どうせろくなものではあるまいとバカにしていたら、案外まともなソバだったから驚いた。ただしちょっと茹で過ぎ。
実は昔ながらの小さな喫茶店でコーヒーとトーストのモーニング・サービスでもと思ったのだが、いくら探してもそんな店はみつからなかった。一昔前ならあちこちにあったのだが、最近では廃れてしまったのだろうか。
あの独特の雰囲気が好きだったのになあ。おじさんはスターバックスなんぞには入りたくもないのだ。
この日の訪問先の格を考えれば、もう少しまともな食事をしていくべきであったが、なにしろぼくの泊まったホテルにはレストランがないのである。
ひさしぶりの二引のマーク。招かれざるゲストとしては、記念にこのカードをいただきたかったけれど、残念ながらそうはいかない(笑)。
受付にカードをお返しして外へ出ると雨。
地下鉄で永田町へ向かったのだが、下車駅は赤坂見附。
ぼくは知らなかったのだが、ここはとんだ食わせもので、永田町駅までとんでもない距離の歩行を強いられるのであった。一種の詐欺ではないかと思う。
雨脚が次第に強まってきた。
次の予定までだいぶ時間があるので、あたりを散歩しようと考えていたのだが、この雨ではどうしようもない。
小さなソバ屋さんをみつけたので昼食をとることにした。
このお店で注文した天モリはあたりであった。えらく量が少ないようだけれど、ソバは二段重ねだからご心配なく(笑)。
ソバもうまかったが、もっと感心したのは洗練された客あしらいである。
勘定をすませて外へ出たとたんに呼び止められたから、なにか忘れ物でもしたかと思って振り返ると、お店の若主人らしい方が、
-あの、傘をお持ちになってはいかがでしょうか。
-ありがとうございます。でも傘なら持っているのです。ぼくはよほど降らないかぎり傘はささないものですから。
-そうですか……濡れていらっしゃったものですから。それに傘はたくさんございますので。
ことばづかいも丁寧だし、並々ならぬ教養さえ感じられ、思わずうなってしまった。客商売のお手本である。
まだ時間はかなり早かったが、釧路港売り込みイベント会場へ。
事務局の方がおふたり、もう準備作業を始めていたので、ぼくもお手伝いした。
200人からの参加者を集めるイベントともなると、準備はなかなか大変なのである。世の中万事順調に進行しているのは、すべて裏方さんの力だとあらためて思った。
イベントは成功裏に終了し、夜は関係者で会食。
新丸ビル内の中華料理屋でのコースだから、朝のきつねソバとは雲泥の差がある。
釧路市長閣下をはじめとするえらい方々といっしょだから、無遠慮に写真を撮るわけにはいかない。こっそり撮ったのがこれ、アワビと牡蠣の煮込みである。
うまかったことはいうまでもないが、なにしろ育ちが育ちである。どうも新橋の純正ニラレバ定食のほうが自分には向いていると思った。
勧められるままに紹興酒をがぶ飲みしてしたたか酔っ払い、外へ出るとあいかわらず雨。
またしても傘をささずにホテルに戻ることになった。
結局この日傘をさしたのは、本降りになったイベント会場から永田町駅までの間だけ。行列と傘がきらいなのは今も昔も変わらないのである。
このたびの東京レポートはこれまでとしたい。
三食の内容と行動記録。夏休みの絵日記と似たり寄ったりだが、これぞブログの本道である。つまらないことは百も承知しているけれど、案外あとで役に立つのだからバカにしてはいけない。
(RICOH CX2)
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猫の額ほどの公園だが、案内板によれば、ここには明治40(1907)年まで行元寺というお寺があり、その跡地だから「寺内」というらしい。このあたりは「味わい深い路地のある粋な花柳街」として、「多くの人々に親しまれ」ともある。
なるほど右の写真の石段を上っていけば狭い路地がありそうで、どうしようかちょっと迷ったのだが、袋小路になっていそうな感じがしたからやめておいた。もう少し時間に余裕があればよかったのだが。
通りの向こうに昔風の銭湯を発見。
その近くの建物の壁には、やはり時代がかった窓が忘れ物のように残っていた。これなどは意識的に保存しているのかもしれない。
大通りからふたたび路地に戻ってぶらぶらする。狭い石畳の路地に由緒ありげな建物が並んでいる。
写真左に見える「和可菜」というのは有名な旅館らしい。小説家や脚本家などがここに籠もって仕事をするのだという。ぼくも資力さえあれば(笑)一週間ほど籠もってみたいものだ。
この一帯はたしかに散歩には最適の場所であるが、よそ者がうろつくのはちょっと気がひける。人ひとり通るのがやっとという路地もあるから、観光客が団体で押し寄せるのは迷惑かもしれない。
路地を抜けて神楽坂通りに戻る。脇道のすべてを歩く時間はないから、いくつか適当に選んでぶらぶら。
写真左は、たぶん出勤中のお姐さん(?)であろう。
この辺は脇道にまた脇道があり、小路の中に横丁がある。地理を覚えるのにはいささか時間がかかりそうである。
火点し頃に気心の知れた友人といっしょに神楽坂の路地をゆっくり散歩をしてから、こんな小路の店で一杯やれたら最高だと思うけれど、ぼくはひとりでは焼鳥屋に入る度胸もない男だから、そろそろホテルに戻ることにした。
日曜日は電車が混んでいないので、シベリアの田舎から出てきた男にとっては実にありがたい。
東京に来るたびにあわただしくロケハンをしているような気がするけれど、もちろんそれが本業ではないから、このあとはおとなしくすごして翌日に備えたのであった。
(2010年2月14日 RICOH CX2)
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コンパクトカメラを持ち歩くと、ヘンなものに目がとまるものだ。
写真左はホームセンターでみかけた釣師装束。実に斬新なディスプレイだと感心した。
こういうヘンな写真はコンパクト・デジカメだから撮るのではないかと思う。フィルム・カメラだと、最初からレンズを向けようともしないだろう。おや、ちょっとおもしろいね、で終わり。
多くの人がブログを運営し、写真があふれかえっているのも、コンパクト・デジカメの時代なればこそだろう。
さていくら使っても愛着が湧かないのもコンパクト・デジカメの特徴である。たいして不満もないのに一年も使えば飽きがきて、つい安カメラをもう一台買ってしまったりする。
第一コンパクト・デジカメというやつは、酷使すれば二年目あたりから少しずつ不具合が出はじめ、まず三年ももてば上等の部類だと思う。
だからうんと高価なものは最初から選ばない。型落ちで十分なのである。
それに高級なカメラを選んだって、腕前がなければいかんともしがたいのだから、まあなんでもいいわけだ。
そうこうしているうちに部屋にカメラが何台も転がって、始末に負えなくなるかというと、案外そうでもない。ぼくもこれまでに何台買ったか正確には覚えていないけれど、下取りに出したのもあれば、知人に差し上げたのもあり、手持ちのコンパクト・デジカメは全部で 4台だからたいしたことはない。
しかもそのうち 1台は電池室の不具合が出はじめ、もう 1台はレンズ・エラー再発の恐れがあり、R10はつい先日誤動作したため電池接点のクリーニングをしたばかり。ちょっとお値段高めで気むずかしい、大人のオモチャといったところだろうか。
……などとノンキなことを考えている場合ではなかった。
峠越え写真を得意とする当社京都通信員S君が、このたびは 2GB SDカードを 2枚も送りつけてきたのである。二万五千分の一地形図に踏破ルートを記入した資料つきだから恐れ入る。
合計約 1,080コマ。前回の分もまだ整理がすんでいないというのに、さて困った。このとんでもない写真の数もまたコンパクト・デジカメなればこそである。
今夜はロシア産ヴォトカを飲んで作戦を練ることにしよう。
(Nikon P50, D70 + Tamron A09 & RICOH R10)
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どうして神楽坂なのかといわれても困る。ただなんとなく歩いてみたかったのである。
最寄りの駅が飯田橋であることを事前に調べただけで、例によって出たとこ勝負なのはいいとして、最初から駅の出口をまちがってしまった。東口は方向が反対なのである。
時刻は15時44分だから、約 1時間の散歩を予定。くまなく回るにはもう1時間ほど必要だったと思う。
改札口をまちがったため大回りして神楽坂下へ到着。もう少し下調べをしておくべきであった。
もっと広い通りかと予想していたけれど、神楽坂通りは案外道幅が狭かった。天気のせいだろうか、日曜日だというのに人出もさほどではなかった。
坂を少し上ったところから振り返って一枚。
こうして見たところは、ごくふつうの商店街である。はてな、わざわざ足を運ぶほどの場所じゃなかったかなと、正直いっていささか失望を感じた。
しばらく進むと左手にお寺があったので、当然寄ってみることにした。
毘沙門天善國寺。
詳細は善國寺のサイトをごらんいただくとして、このお寺はなかなかおもしろかった。一見の価値がある。
驚いたのがこの狛犬。とても狛犬には見えない。西洋のガーゴイルのようでもある。
あとで上記サイトの説明を読んで、実は狛犬ではなくトラであることを知った。
毘沙門天は寅の年、寅の月、寅の日、寅の刻にこの世にお出ましになったことから、寅毘沙と呼ばれる。
なるほど体に縞もあるし、トラなら納得できる。ずいぶんめずらしいものだと思う。
さてこの案内図を見てわかるとおり、神楽坂が東京名所のひとつであるゆえんは、入り組んだ路地歩きのおもしろさにあるらしい。
もちろん裏通り派としては神楽坂通りを往復しただけで帰るわけにはいかないから、脇道へそれてぶらぶら歩いてみることにした。
どこをどう歩いたのか自分でもさっぱりわからないが、明日は何枚か写真をお目にかけたい。
(2010年2月14日 RICOH CX2)
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風呂上がりにビールを一杯やったらどっと疲れが出てしまった。なにをするのも面倒くさいのである。
歳だねえといわれてすなおにうなずく自分が情けない。
そんなわけだから、ひっぱるつもりはないのだが(笑)、神楽坂散歩は明日からのスタートとしたい。
今日の写真は縁あって二泊した新橋(2月14日)。
新橋夜景(2月15日)。このとき傘をさしていなかったのはぼくくらいのものだろう。
たまにはこういう場所に身を置くのも悪くはない。しかしすぐにくたびれるのもたしかである。
常に動いていなければならぬという強迫観念にとりつかれるからだろうか。
なお今日から1ページに表示する記事数を30件から14件に設定変更した。ページ読み込みに要する時間を短縮するのが目的である。表示件数は多すぎても少なすぎてもイライラするからむずかしいものだ。
(RICOH CX2)
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写真の整理は終えたものの、まとまった記事を書く気力がないのはタラ鍋を食い過ぎたせいかもしれない。
そこで今回はどうでもいいような光景だが、なんとなく記憶に残ったものをご紹介してお茶を濁すことにした。
まずはずらりと並んだエアコン室外機(2010年2月14日神楽坂にて)。
このところ新聞などで「低炭素社会の実現」ということばをときどき目にするのだが、これはずいぶん無茶な話である。
宇宙は炭素に満ちており、生命は炭素なしには成立しないからだ。どうしてそんなとんでもない社会(笑)の実現をめざそうとするのだろうか。
だからといってむやみに資源を浪費していいというつもりはもちろんないが、どうも最近のエコブームは常軌を逸していると思う。非寛容精神の蔓延と歩調を合わせているようで薄気味が悪い。
ぼくには排斥された少数派がノボリを立ててハンガー・ストライキを打っているように見えたのである。
これも神楽坂。
はてなと思ってよく見ると、看板を安定させるために両端から水の入ったペットボトルを吊しているのであった。これは三脚にストーン・バッグを吊すのと同じ発想である。
しかし両肩からこんな重いものを下げた日には肩がこってしかたがあるまいと思う。そこをなんとかするのが中国気功の威力なのだろうか。
そんなバカなことを考えながら歩いているのだから、ぼくの散歩はカントの散歩とはえらいちがいなのである。
やはり神楽坂。
おお、これは! ある意味では昔の風情を漂わせている神楽坂にふさわしい映画館といえるかもしれない。
どうみても21世紀の光景ではない。昭和中の昭和である。頭がくらくらしてきた。
いまにも映画館からアナログ熊さんが出てきそうで、おかしくてならなかった(どうも失礼)。
-おや、熊さん! これは意外なところで。
-あっ、薄氷堂さん、あなたここに来るためにわざわざ東京まで?
東京駅前(2010年2月15日)。
最初からねらって撮ったわけではない。生活道具一式をガラガラ引っぱったホームレスのおじさんがカメラの前を通過したのである。
実はこういうおじさんをあちこちでみかけた。まるで死んだようにじっとビルの壁際にうずくまる人もいた。
暮らしに困らぬがゆえに清貧にあこがれ、冷暖房の効いた部屋に住みながらエコに熱を上げる人々は、たまにこういうおじさんの姿を見て頭を冷やしたほうがいいのではないか。
(RICOH CX2)
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先日買ったタラの頭は、大きなキモと合わせて重さ約1キロであった。そいつをうまいうまいとむさぼり食ったわけだが、もちろん上には上がある。
本日ある方からいただいたタラの頭には感嘆した。とにかくでかいのである。
重さを量ってみたら、頭だけで約1.5キロ。これだけのタラになると、産地の釧路で買ってもまちがいなく一尾数千円はするから、ぼくらにはちょっと手が出ない。頭だけとはいってもまことにありがたいのである。
このでかい頭をどうするといったって、鍋にして食うしかない。すなわち明日の晩もタラ鍋である。あまりにもうれしいから、こちらでみせびらかすことにした次第(笑)。
さて東京みやげの写真だが、このたびは全部で200枚ほど撮ったので、出来が悪いのを捨てても数回分の記事のネタには困らない。取材費も経理から受け取ったし、こういう仕事ならいつでも喜んで引き受けたいと思う。
しかし歳のせいだろうか、いささか疲れたので写真の整理は明日以降ということにしよう。今夜の夢はタラの頭だね。
(RICOH CX2)
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午前中は丸の内の某ビルへ。
ぼくほど丸の内に似合わない男はいないんじゃないかと思うのだが、幸い受付で逮捕されることもなく、みなさま親切に応対してくださった。
-今年は寒かったそうですね。
-ええ、マイナス22度ですから。
-えっ! たいへんですね、シベリアは。
シベリアから来た男が次に向かったのは永田町。これまたとんだ場違いというべきだろう。
昼前から降りはじめた小雨がだんだん強まってきたけれど、春雨は濡れて歩くものだ。いい若いものは傘なんぞささないのである。
……などと粋がっていたらこのあとちょっと恥ずかしい思いをしたのだが、それはまたあらためて。
昼食後はあるイベントのお手伝い。
イベントは無事終了して反省会に参加し、ごちそうをいただいてから新橋のホテルに戻る。
雨は夜も降りやまず。
東京は疲れる街である。夜ふかしせずに寝ることにしよう。
(RICOH CX2)
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東京モノレール車内にて。
曇りだからあまり暖かくはないが、けっして寒くもない。くやしいけれどこちらは歳時記どおり春なのである。
日曜日の通りにはたくさんの人々が散歩を楽しんでいる。歩行協会の会員たるぼくもどこか歩くことにしよう。
まずは今日のホテルがある新橋へ向かう。
もう午後2時過ぎだから、運動不足のおじさんもさすがに空腹。駅の近くの小さな中華料理屋でニラレバ定食を注文した。定食なんぞを食べるのは久しぶりである。
味はまずまずであったが、「純正中国料理」とはどこが純正なのだろうかと首をひねっていたら……ウェイトレスのおねえさんが純正の中国語をしゃべるのであった。なるほど。
チェックインをすませて向かったのは飯田橋。神楽坂界隈をちょっとだけ歩いてきた。レポートは近日公開。
ホテルに戻ってパソコンをセットし、うっかりマウスを忘れてきたことに気づいた。マウスなしでは商売にならないから、駅前のY電機にてコンパクトなのを購入した。すなわちこのたびの東京みやげというわけである(情けない)。
明日はもちろん仕事。天気予報では雨らしい。やれやれ。
(RICOH CX2)
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好天。風もなく気温も上がり、おだやかな一日であった。
今夜のごちそうはこれ。重さ 1 kg を超えるタラの頭とキモである。
お値段たったの108円と破格の安さ。ほとんど包装の手間賃だけでたいして儲けはなさそうだが、これはデフレとは無関係であろう。
捨てるのはもったいないので、庶民に安くてうまいものを食べてもらいたいという助け合い精神から提供してくれているのではないだろうか。年金予備軍(笑)としてはまことにありがたい。
鍋にして食べたら実に美味であった。淡泊かつ上品な味わいながらしっかりとダシも出て、これなら京都人の舌にも合うにちがいない。最後にご飯を投入して、熱いところをフウフウと啜れば幸福感がゆっくりと全身にしみわたる。世の中にはこんなうまいものを知らずに死ぬ人がいるかと思うと気の毒でならない。
ミシユランの見知らん鱈の鍋を食ふ 薄氷堂
東洋までやってきてえらそうに星をつけるなという心である。たぶん鱈の鍋が季語で冬(笑)。
さてせっかくタラの頭で節約をはかったのに散財をしてしまった。SDカードを一枚買うつもりでカメラ量販店へ行ったら、SDカードのおまけつきで型落ちのコンパクトデジカメがあったので、ついふらふらとタラの頭数百個分のを一台。こうして一年に一台ずつカメラが増えてゆくわけだ。
(RICOH R10)
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遊びついでにインスタントカメラで禁断の(?)自分撮り。でかいカメラだから顔がすっぽり隠れてしまうのは好都合である。白いフチも含めてほぼ実寸。
ぼくの場合はこれで十分だけれど、これをごらんのあなたのように容貌に自信のある方にとってはサイズが小さすぎるかもしれない。
そこでどこまで伸ばせるものか試してみた。露出不足にもほどがあるし、蛍光灯の色かぶりもひどいので、この際少しだけ調整してみよう。
画像はまだかなり暗いが、これ以上調整するとやりすぎになってしまう。鏡に向かってストロボを発光させれば悲惨な結果になるから、このカメラではこれが限度だろう。
しかしかなり大きく伸ばしても崩れは少なく、オリジナルの画質の優秀さを物語っていると思う。もう少し寄れるといいのだが、これで精一杯なのは残念だ。被写体がおそまつなのはもっと残念である(笑)。
(FUJI FILM instax 500 AF → Nikon D70 + Tamron A09)
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富士写真フイルム(注)のインスタントカメラ、instax 500 AF と Nikon New FM2(左)とを比べてみた。このインスタントカメラの巨大さ(笑)がわかると思う。なおオリジナルのストラップはちぎれていたので、ありあわせのものを無理矢理縛りつけておいた。実に貧乏くさい。
注:キヤノンがキャノンではないように、富士写真フイルムが富士写真フィルムではないことをぼくは初めて知った。戦前の表記の名残なのだろうが、認識不足であった。
取扱説明書にはにこやかに微笑する女性のポートレートやグループ写真などが掲載されているのだが、若い女性が一眼レフのでかいプラモデルみたいなこのカメラで写真を撮り合うとはちょっと考えにくい。
第一標準並みのサイズを誇るぼくの手にも余るほど操作性が悪いのだ。電源スイッチやシャッターボタンは妙な位置にあるし、ファインダは左端ときているから、縦位置の写真を撮るのは至難のわざである。
実はこのカメラは貨物事故などの現場写真を撮影するためにわが社で使用されていたらしいのである。改竄のしにくさという点では、この種のカメラにはたしかに価値があると思うけれど、とても記念写真向きではない。
こいつを首からぶら下げて歩くのは、いかにヤボが売り物のおじさんといえどもさすがに抵抗がある。いちいちよっこらしょとカバンから取り出して、あれ、電源スイッチはどこだったっけなどと考えながら撮るのだから、スナップ向きともいえない。かなりの熟練が必要である。
ぼくのディスプレイ上では、これがほぼ実物大のサイズ。カメラが大きいわりには画像サイズはひどくコンパクトである。
やはりデジタル写真とはちがってアナログ風味である。ロモ風のヘンテコ写真ではなく、ごくふつうのフィルム・コンパクトで撮った写真に近いが、ややノッペリした印象を受ける。
フィルム(印画紙?)の素材のせいだろうかスキャナとの相性は悪く、ひどいピンぼけになってしまうので、デジタルカメラで撮らなければデジタル・データ化できない。恐ろしく手数がかかるのである。
しかし撮影後ジーッという音とともにフィルムが吐き出され、ジワジワと画像が浮かび上がってくるのを眺めるのはたいへんおもしろい。一種の妖術である。
本日は五枚撮影。うち一枚は誤写。電源スイッチとシャッターボタンをまちがえてしまったのだ。さっさとフィルムを使い切ってしまいたいと思っている(笑)。
(Nikon D70 + Tamron A09 & FUJIFILM instax 500 AF)
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会社にポラロイドのあることは知っていたが、取り出して見たのは今日が初めてである。このカメラはマクロ撮影可能というのが売り物らしい。
電池切れじゃないかと思ったら、さすがはリチウム電池である。ストロボが発光してジーッという音とともにフィルム(というのか印画紙というのか)が出てきたのには驚いた。
ところがいくら待っても画像が現れない。未開封のフィルムパックが5個ほどあったので交換してみたが、やはりダメ。どうも使用期限切れのようだ。パックに表示されている期限を見ると 02××とあるので、どうも8年くらい超過しているらしい。残念。
待てよ、戸棚の中にもうひとつカメラバッグがある……というわけで開けてみると、なんだかすごいカメラが入っているではないか。ふつうの一眼レフより一回り大きいのだ。
富士写真フイルム製のインスタントカメラ(写真右)である。
やはり電池は生きていたけれど、どうせこちらのフィルムも期限切れだろうと思ってシャッターを切ってみると、おお、こちらはちゃんと画像が現れるのであった。カメラにセットされたパックのほかに手つかずのものが5個(50枚)、見れば使用期限は2007年11月である。
このまま放置するのはいかにも資源のムダだから、公私混同は承知の上で使わせていただくことにした。もちろんフィルムを使い切ったらカメラはお返しする(こんなジャマなものはくれるといってもお断り(笑))。
さきほど試し撮りしてみた結果がこちら。LOMO みたいな写りかと思ったら、意外にシャープな画像である。
実は会社でも一枚撮ったのだが(一枚目の写真の中央)、ピンぼけもいいところだったのは寄りすぎたせいらしい。取説によれば、撮影距離は 0.6m~∞である。こちらの写真は巻尺で距離を測って撮影した。
レンズは F=95mm 1:12.8(ファインダをのぞいた感じでは、35ミリカメラ換算でざっとその半分くらいか)という恐ろしく暗いレンズである。シャッター速度 1/8~1/125秒だから、ストロボを発光させないとこの写真のようにちょっと露出不足になる。
こんな目立つカメラを持って外を歩くのはどうかと思うが、せっかくだから使ってみることにした。しかし……なにを撮ればいいんだろうか?
(写真1 Nikon D80 + Tamron A17・写真2 D70 + Tamron A09)
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例のカモがいた。まだ8時前だからじっくり撮ろうとしたら、ほんの数分のうちにあわただしく飛び立ってどこかへ移動し、それっきり戻ってこなかった。愛想のない連中である。
岸から少し離れていたので、450ミリ相当の望遠で撮ったのを鳥ミング(?)してもごらんのとおり。小型の鳥だから、もっとアップで撮るにはフィールドスコープが要るのではないか。とてもつきあいきれない(笑)。
やはりウミアイサ(ガンカモ科)ではないかという気がする。水に浮かんでいるのがメス、飛んでいるのがオスだと思う。
『釧路叢書第15巻 春採湖』にも、冬に見られるカモ類として、
春採湖ではマガモ、コガモ、ヨシガモ、ハシビロガモ、ホシハジロ、キンクロハジロ、スズガモ、ウミアイサの8種類が見られている。(P. 110)
とあるので、西港にウミアイサが現れたとしてもおかしくはない。ぼくはこの鳥のヘアスタイルが気に入っている。
(Nikon D80 + Tamron A17)
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先日ご紹介した風変わりなカモをまたみかけたら撮ろうとして、わざわざ望遠ズームを装着した一眼レフを用意したのだが、敵もさるもの、どこへ行ったのかさっぱり姿を現さないのである。しかたがないからカメラをしばらく事務所に置いてチャンスを待つことにする。
カモに代わる被写体に遭遇しなかったので、やむなくカメラを撮ることにした。
ところでこの一眼レフというやつは実に使いやすいのだが、目立ってしようがない。第一警察の鑑識がうろついているようで、町中ではヤボである。通行人に警戒されることもある。
自分の車で移動するならともかく、飛行機や列車の旅に持ち歩くには邪魔で閉口する。最近のコンパクトデジカメはよく写るから、旅行先で気楽にパチリと撮る分にはばかでかい一眼レフはもはや不要じゃないかとも思う。
しかしコンパクトデジカメという代物は一般に動作がのろいからイライラしていけない(安物ばかり使っているせいか?)。昔使っていたキヤノン・デミみたいなカメラがあればいいなあと思っていたら、パナソニックやオリンパスから小型のミラーレス一眼というのが出ているらしい。
ミラーレスだから本当は一眼レフとはいえないのだが、レンズを交換できるところ、すばやく撮影できるところがミソなのだろう。十分コンパクトだから旅行用にひとつ欲しいところ。もう少し待てば型落ちが買えるかな。
さてわが社の誇るタイプライタ(高級品である)とカメラを並べて撮ってみたのだが、この鋳物製のタイプライタにはアナログカメラのほうが似合うかもしれない。
(RICOH R10)
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モーツァルトのピアノ協奏曲を聴いたせいだろうか、智恵はともかく元気は湧いてきたようだ。
幸い風も少し弱まったし、いつものコースを散歩することにした。
まあ一日に記事をふたつ掲載するのだから、モーツァルト効果はたしかにあったといえる。
例によって飽きもせずに似たような写真をパチリと撮るわけだけれど、まったく目的がなかったわけではない。
春を探しにきたのである。運がよければ、上の写真のカーブを右に曲がってしばらく歩けばそれはみつかるはずだ。
おお、あった!
フキノトウを発見。
今年は暖冬どころか寒さが厳しかったのに、零下22度の低温に耐えてフキノトウはもう顔を出していた。なんというタフなやつだろうか。
これはまだ開いていないが、付近を探してみる価値はある。知人海岸の崖は日当たりがよいせいか、毎年フキノトウを早い時期に見ることができるのだ。
少し先へ進むと、崖の中腹にいくつか葉を開いたフキノトウがみつかった。
近づいて撮りたいのは山々だけれど、足場が悪すぎるので、根気よく探してみると……
手ごろな位置にひとつみつかったのだが、あいにく電信柱の真後ろである。
半分日が当たり半分は陰になっているから条件は悪い。しかも電信柱がじゃまして、うまくレンズを向けることができない。
思うようには撮れなかったけれど、目的を果たすことはできたのでまずは満足。
この様子では2月に入ってすぐ地上に現れたのだろう。来年はもっと早く観察に来る必要がありそうだ。
さて……春の到来に祝杯をあげなくては。
(Nikon D200 + Ai 35mm F2S)
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いつか死ぬ身とはいえ、生きているうちはできるだけ愉快に暮らしたいものだ。
昨日はちょっと暗い記事を書いてしまったが、砂漠にだってオアシスはある。
案外知られていないけれど、市立図書館では一度に CD を3点まで貸し出している。うれしいサービスだと思う(もっとも多くの市民にとって図書館への足の問題はあるのだが……)。
図書館の3階には郷土行政資料室と視聴覚コーナーとが同居している。
写真は CD の棚。歌謡曲のたぐいは見あたらないが、クラシック CD はかなり充実している。ジャズの CD もそこそこあるようだ。
クラシックは交響曲、協奏曲、室内楽、声楽などのジャンル別に分類され、モーツァルトは別格扱いで専用のコーナーがある。
今日のチョイスはこれ。昔はさほど興味のなかったシューベルトの作品が最近大いに気に入っているのである。
ほかにモーツァルトのピアノ協奏曲を2枚、アシュケナージの演奏を選んだ。
牛にモーツァルトを聞かせると乳の出がよくなるなどというオカルトめいた話の真偽はさておき、モーツァルトに人間離れしたところがあるのは本当である。交響曲41番などもはやこの世のものとは思われぬ美しさで、まるで天上から流れてくる音楽を聴いているような気分になるからだ。
この階の窓からは幣舞橋周辺がよく見える。定点撮影にはもってこいの場所である。
ここ数日の寒さのせいか、釧路川には上流から流れてきた大量の氷が浮かんでいる。
今日は気温もさほど低くなかったので、このあと知人海岸へ散歩したかったのだが、あいにくの強風のため断念した。
たぶんおとなしく部屋で音楽を聞けという天の声なのだろう。なるほどモーツァルトの曲を流せば、牛の乳のように智恵がこんこんと湧いてくるかもしれないしなあ。
え、そいつは無理だって? わかってるよ、そんなことは(笑)。
(Nikon P50)
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先日NHK TVで「フード・デザート (food desert 食の砂漠)」ということばを知った。
ネットで調べてみると、これは1990年代のイギリスで生まれたことばらしい。ようするに、多くの商店が閉鎖されたため身近で安くて新鮮な食品を買うことができなくなった地域のことである。
車を持たない人々はスーパーよりはるかに値段の高い近くの店で買い物をするか、バス賃や電車賃をかけて遠くまで出かけざるをえない。もちろん犠牲者の多くは貧しい人々や高齢者である。
そのフード・デザートが日本各地に広がっているというのだが、ぼくの住んでいる地域などはまさにそれである。
古くからの住宅街だから、大規模な店舗を構えるだけの土地がない。そこそこの需要はあるから地元スーパーが小規模店舗を開いても、狭いスペースでは商品の数が不十分なので、買い物客からすればいっぺんで用が足りないという欠点がある。しかも足の弱った高齢者にとっては近くにある店に行くのでさえ困難ときているから、売り上げ不振で撤退を余儀なくされるわけだ。
そこで自動車を持っていなければ就職もままならぬ釧路のような地方都市では、いきおい遠くの大型スーパーまで車で買い出しにでかけることになる。
車を運転できるうちはまだしも、免許証を返上したあとどうするか、バス停まで歩くことさえできなくなったらどうするかは大問題である。
最近ではネットで注文すれば配達してくれるサービスもあるらしいが、インターネットとは無縁のお年寄りにはなんの役にも立たない。特に若い世代が同居していない高齢者にとっては生死にかかわる問題だろう。隣近所の交流が希薄になったいま、人知れず餓死する老人が増えることも予想される。
ウソかホントかわからぬ地球温暖化などよりずっと恐ろしい、ただちに対策を考えなければ人間の生存を直接脅かす事態ではないだろうか。優先順位をまちがってはいけないと思うのである。
若いうちは考えもしなかった問題が、自分がだんだん歳を取ってくるといやでも見えてくるものだ。人間いずれはこの世を去るのだから病死はやむをえないとしても、餓死だけはごめんこうむりたい。
写真は食の砂漠ではなく、買い物に行った先でみかけた光景。おじさんがコツコツと道路の氷を割っていた。
(Nikon P50)
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冬が寒いのはあたりまえだとはいえ、昨日に引きつづき今朝も冷えた。
気象台によれば最低気温は06時43分で-20.1度だというのだが、港はごらんのとおり。ヒーターのファンを全開にしても車内はなかなか暖まらないのである。
こう寒いと、省エネも二酸化炭素削減もへったくれもない。いくらえらそうにお説教されたって、ガソリンや灯油を惜しげもなく消費せずにはおられないのである。
「夏は涼しく冬暖かに」というのは利休居士の教えだそうだが、まさに賢者の言というべきだろう。暑くなればそれに対応し、寒くなればそれに備える……これこそ人間の智恵というものだとぼくは思う。
利休の現実的な教えに従えば、沈みかかっているというツバルの問題もたちまち解決できる。つまりもし本当に島が危機に瀕しているのだとすれば、あれこれ原因を詮索しているヒマがあったら、住民をただちに安全な場所に移住させればいいのだし、また受け入れ先などむずかしい問題があろうともそうすべきなのである。
08時59分。
この時間になってもまだ気嵐が少し残っている。
この歳になれば世間から嫌われても一向にかまわないから告白すると(笑)、冬暖かに、さかんにアイドリングした車の中から出港を見送ることにした。
09時01分。
目をふと東に転ずれば、なかなか幻想的な景色が展開しているのであった。
雲が一筋真横に流れて見えるのは、どこかの工場の吐き出す煙だろうか。冬の釧路の景色にはほんとうにすばらしいものがある。あらためてそう思った。
(RICOH R10)
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冷えた。今朝は冷えた。
最低気温は06時43分で-22.1度。いっぺんに昔に引き戻されたかのような冷え込みであった。零下20度を超えると寒さのレベルがちがうのである。
07時28分に撮影したこの写真の空に見えるのは雲ではなく、上昇しそこねた製紙工場の煙である。
港の気嵐(けあらし)はどうだろうか……ワクワクしながら(笑)車を走らせる。
07時36分。期待たがわず、気嵐はかなりの高さに達していた。
一見たいしたことはなさそうだけれど、どうしてどうして、画面右にぼんやりなにか見えるのがおわかりになるだろうか?
船がすっぽりと気嵐に包まれているのである。夏の濃霧も怖いが、冬の気嵐も船にとっては危険なのだ。
07時37分(写真上)。船の存在がはっきり確認できる。
07時41分(写真下)。船型がほぼわかる程度まで岸壁に近づいてきた。
07時54分。接岸作業が完了し、綱取りボートが戻っていくところである。
こうして事務所の窓から見ているかぎり、さかんに立ち上る「湯気」はいかにも暖かそうだが、身を切るような寒気にさらされて働く現場の作業員のみなさんの苦労はたいへんなものだ。
10時58分。この時間でも車の外気温計はなんと-14度を示していた。
さすがに正午からは気温が上昇したけれど、この日釧路の最高気温は14時21分で-5.1度。
なお今朝の弟子屈・川湯の最低気温は-30.1度。ここまで気温が低下すると、口がこわばってまともに発音できなくなるはずだ。
欧州ではこの冬昨年に引きつづき大寒波に見舞われたというし、温暖化の危機を煽るのも結構だが、油断大敵、この寒さでちと頭を冷やして寒冷化への備えも忘れるべきではないとぼくは思う。
(RICOH R10)
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今日はちょっと趣向を変えて、船内の掲示をご紹介しよう。関係者にとってはめずらしくないものでも、一般の方はなかなか目にする機会がないだろうから。
なにぶんうす暗いところで撮ったため、シャッター速度が1/4~1/8秒になり、さまざまな程度にブレているけれど、そこはどうかご勘弁いただきたい。
まずはよくみかけるドクロマーク。ドラッグの使用および売買に関する警告である。芸能事務所にも貼っておくといいのではないか。
いくつかの国籍の乗組員が混乗しているから、いやでも英語を使うしかないのである。
もっともクイーンズ・イングリッシュをしゃべるような連中はいないので、日本英語などちっともはずかしくない。ぼくみたいに堂々と構えていればよろしい(笑)。
これはわかりやすい。汚れた手でバルクヘッドに触れるなというのである。
もちろんぼくの手は阿寒の雪のようにきれいだからOK。
バルクヘッドはふつうホールド間をしきる隔壁を指すことが多いけれど、ここでは居住区内の隔壁をいうのだろう。
今日一番おもしろかったのがこちら。
最初はよく意味がわからなかった。Thank uuu!! ならわかるけれど、qqq とは?
このあと同じシリーズの Thank q!! というのもみつけたが、それならなんとか納得できる。
それでは C u tomorrow!
(RICOH R10)
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おっ、沖に船が到着した。
ついでに第2埠頭に釣り人を発見。やはりコマイ釣りかな? なんて眺めている場合じゃない。
船が接岸する前に、ぼくも岸壁へ行かなくちゃならないのだ。みなさん意外に思われるかもしれないが、ぼくだってたまには働くのである。
見よ、雲間から降りそそぐ光を浴びて堂々の入港である。
何度目にしても決して飽きることのない光景だ。
鉄道写真ファンに比して船舶写真ファンの圧倒的に少ないことは、海国日本としてはまことに遺憾といわざるをえない。一眼レフも高価なレンズもいらないのだから、若者よ、港へ来たれ。
今日の船上セキュリティ・チェックポイント。
船上チェックポイント写真の分野では、はばかりながらぼくが草分け。
どうして雑誌社から仕事の依頼がこないのか、アシスタントの志望者がいないのか理解に苦しむのだが……誰だい、ヘボのくせに、なんて陰口を叩いているのは(笑)。
(RICOH R10)
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釧路西港西防波堤(1月31日撮影)。ここから先は遮るもののない太平洋である。
会社前の岸壁から釣り人の姿が消えたと思ったら、こんなところに移動していたのであった。
手前のおじさんに声をかけてみた。
-今はコマイですか?
-そう。
ご一緒した愛知県出身のHさんはコマイをご存じなかった。なにしろ氷下魚という漢字をあてる魚だから、それも無理はない。
コマイはさっと干したのをあぶり、手で身をほぐしながらムシャムシャやるとうまい。ご飯のおかずよりも、おやつに向いている。徹底的に干してカチカチになったのをむしって食べるともっとうまく、酒の肴には最高である。
あ、肝腎のコマイの写真を撮っていなかった。
(Nikon D200 + Tamron A16)
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