どうもこの数日は気が乗らず、今日も今日とてブログをさぼるつもりで芋焼酎を一杯やっていると、死んだはずだよお富さん、じゃなかった、京都の怪人高橋物川先生からの電話である。
悪い予感が的中し(笑)、受話器を耳に当てるなり、人肉食についての講義が始まったからには、どうせ先生もシラフではあるまい。
北海道新聞はひどい左巻きであるだの、君みたいな唯物論者はかわいいもんやだの、例によって言いたい放題だが、こちらはとっくに慣れっこになっているし、ハイハイとうけたまわっていると、
-君とこの植物アルバム、なんやあれは、万葉にうたわれる花がひとつもあらへんやないか。大和の文化のメインストリームたる和歌の世界からはずれた、しょせんは夷狄の地やな。
そんなこといわれたって、ブラキストン線にへだてられているんだからしかたがないけれど、たしかに古典的な和歌の世界とのへだたりは大きく、こどものころからずっと違和感を感じてきたことは否定できない。
おおげさにいえば、日本語を非常によく解する外国人が、真っ赤になったストーブにあたりつつ、へえ、これが日本の伝統文化ねえ、といいながら万葉集や古今集をめくっている……そんなところもないではない。
-花の写真だけ見せたかてしょうもないしね。写真に和歌でも添えたらどないや。
よくいうよ、ほんと。ぼくにそんなセンスがないのはもちろんだけど、夫子ご自身和歌なんて詠めるんかいな?
もちろんアイディアとしては悪くない。そこで Google で検索してみると、花の写真に和歌や俳句を添えたサイトはたしかにある。むろん自作とはかぎらず、歌集や歳時記から選んだものを掲載しているのだが。
あるサイトでは、ニリンソウの写真に添えて、
二輪草の一輪すこしおくれけり 岡村英子
なる句を紹介していた。ちょっと理のまさった句だとは思うが、手慣れたものだ。
ところでそこに掲載されている写真のデータを見ると、ニリンソウは東京では4月の中旬から下旬に咲くらしい。まずそこに問題があるのだ。
歳時記によれば、春は立春(おおむね2月4日)から立夏(おおむね5月6日)の前日までをいう。
ところが釧路ではニリンソウは5月下旬、どうかするとこの緑変したニリンソウのように、6月上旬(写真は2005年6月11日撮影)まで咲いている。
つまり季がひとつずれてしまうのである。「一輪すこしおくれけり」どころではない。大和や関東の基準に合わせろといわれても無茶な話だと思うのだが、北海道の国語教師のみなさまはどうお考えだろうか?
しかし酔漢物川先生の言い分にも、耳を傾けるべきところはある。ぼく自身は短詩型の素養に欠けているから遠慮しておきたいが、花の写真に先人の和歌や俳句を添えるとおもしろいかもしれない。
※ニリンソウなのに、どうして写真のは一輪なんだとおっしゃる方もおいでかとは思うが、これは別にめずらしいことではない。
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