January 08, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-08

 リハビリを兼ねて『平家物語』を読みはじめたら、いやはや恐れ入った。
 
   
秦の趙高、(中略)唐の禄山、これらは皆
  旧主先皇の政(まつりごと)にも従わず……

と、まあ冒頭の有名な部分であるが、とても昔々の物語とは思われない。 

  楽しみを極め(高級ホテル、高級ホテル)、
  
諫めをも思ひ入れず(給付金、やめなさい
  とご忠告したでしょう)、
天下の乱れん事を
  も悟らずして、民間の憂ふる所を知らざり
  しかば
(学がなくても大臣になれるのは運、
  貧乏はすべて自己責任?)、
久しからずし
  て亡じにし者どもなり。


 さすがは日本の誇る古典である。

 かくして祇園精舎の鐘がゴ~ンと鳴った以上、おごれる者どもは風の前の塵に同じ、もはや滅亡を待つしかないのだろうか(誰だい、滅びてくれたほうがお国のためだなんてことをいうのは?)。

 いや、清盛が存命のために出家入道したごとく、仏門に入って功徳を積めば、生き延びる道もまたひらけよう。これこれ、仏に仕える身でありながら、信者の定額給付金をお布施として巻き上げようなどという邪念を起こしては地獄に堕ちようぞ。

090108shochu さてこのリズミカルな文体の古典をシラフで読むのは、あまりにももったいない話だから、ぼくは昨夜黒糖焼酎を飲みながら読みはじめたのだが、ひたすら人をせかせる文章ゆえ、これは危険だ、このままでは焼酎一本空けてしまいそうだと思い、泣く泣く本を閉じ、蛍光灯を消したのであった。

 あ、あまり調子に乗っておごれる者どもを露骨にののしってはいけないので、ブログで言いたい放題の諸君にはご注意申し上げておこう。なにしろ連中の手中には権力がある。牛車が通れば道理が引っ込むというわけだ。
 

    平家の御事、あしざまに申す者あれば、
  (中略)
かの家に乱入し、資財雑具を追
  
(つゐふく=没収)し、その奴を搦めて、
  六波羅殿へ率
ゐ)て参る。

 だからぼくみたいに、目に見、心に知るといへども、言葉にあらはして申すことをしないのが賢明なのである。

 え、十分いってるじゃないかって? なにをおっしゃいますやら、お役人さま。滅相もない。

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January 07, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-07

090107decoration_2 会社の玄関に掲げた正月飾りを外した。

 ぼくにいわせれば耐用年数少なくとも3年はあるのだが、そんな考えは世間では通用しないらしく、近々神社の境内で焼かれる運命にあるのは気の毒千万である。

 そこで港を背景にお多福嬢をパチリ。

 今日もおだやかな好天であった。

 
 
090107shochu_5 ひさびさに焼酎を撮る。

 年々愚かさの度を増している兄へ、弟がプレゼントしてくれたもの。黒糖焼酎を選んでくれたのだから、賢いことはまちがいない(笑)。

 
 愚兄賢弟とはうまいことをいったものだ。松竹新喜劇の世界だね。

 さっそく味見したところ……うまい。こいつを一杯でやめろというのは酷な話だから、今夜はこのまま飲みつづけて沈没することにしよう。

 一文にもならぬブログなんて書いちゃいられない(笑)。

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January 06, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-06

090105rmarinus 今年は海運界にとってはきびしい一年になりそうだが、年の初めに二引のファンネルを迎えることができ、まずはめでたい。

 しかも本船はまだ3航海目だから船体もきれいだし、まことに正月にふさわしい。残念なのは、こちらが年を重ねていささかくたびれてきたことである。(この写真のみ昨1月5日撮影)
 
090106rmarinus0 これが本船のセキュリティ・チェックポイント。今年初のチェックポイントである。

 ちょうど接客中(?)であった。

 釧路港のためにも、ぼくの写真コレクションを充実させるためにも、たくさんの船が来てくれなくては困る。出版社からいつチェックポイント写真集出版のオファーがあっても対応できるようにしたいのである(笑)。
 
090106rmarinus1 ついでだから船内をちょっとだけ。

 本船の smoking room はなかなか造りがよく、ちょっとした客船気分になれる。

 会社にいるよりもリラックス……しちゃいけないのだが、船長がミーティング中だったから、ここでしばらく待っていたのである。
 
090106rmarinus2 ボーイさんはコーヒーを運んでくれるし、おまけに特製のクッキーまで出してくれる。

 至れりつくせりの待遇だから、ついノンビリしてしまい、たまたま新聞を開くと(知る人ぞ知る)パンサーズの記事が目をひいたので、日本語でさえおっくうだというのに、万難を排して読みながらコーヒーを味わったのであった。

 え、クッキーはうまかったかって? いや、残念ながら、突き出た腹と相談した結果(笑)、遠慮することにしたのであった。

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January 05, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-05

090104kujira 正月特集を組んだため一日遅れの掲載になるが、昨夜賞味したクジラの刺身。

 生物を食わずに霞でも食って生きているらしいグリーンピースの連中がなんといおうと、ぼくはクジラが大好物だから、スーパーに手ごろな価格で並んでいるかぎり、ありがたく食べさせていただくつもりである。

 ついでにいただきもののタコの刺身も味わったのだが、こいつもうまい。タコを食べるとなぜか正月気分になるところも奇妙である。

 そういえば十勝ワインもいただきものであった。ありがたいことだ。

 火山を噴火させたり地震や津波を起こしたりする「地球にやさしく」などと見当外れのことをいわず、まずは人間にやさしくあれ。人間の一員である薄氷堂には、当然やさしくあってほしい。

 いや、なにもタコやワインをくださいといっているわけではない(笑)。

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January 04, 2009

Daily Oregraph: 正月特集 400万画素への道

 せっかくの正月特集だから、おまけとして、ぼくがこれまで使った 35万画素から 400万画素までのデジカメ画像をご紹介しよう。

 どうして400万画素までかというと、ああ、これだけ画素数があればもう十分、あとは白飛び問題などを改善してくれれば文句はないと考えていたのに、画素数増加の傾向がいまだにつづいているからだ。つまり画素数にはとっくに興味がなくなったのである。

 さて購入してわずか数ヶ月で釧路港の藻屑と消えた DS-20 はとても満足できるカメラではなかったが、いったんデジカメを使いはじめると、やはりなければ不便を感じるものだ。

980621cp500 そこで買ったのが80万画素の EPSON CP-500 であった。やはり型落ちだから安かった。

 なにしろ画素数が35万画素の倍以上だから、おおいに期待したのだが、ごらんのとおり、中途半端に画面サイズが大きくなったため、かえってアラが目立つのである(1998年8月18日撮影)。

 色も冴えないし、ガッカリして長く使う気にはとてもなれなかった。

 前回同様アサヒカメラ増刊号から山田久美夫さんの解説記事を引用してみよう。

    画質も良好で、解像力もかなり高く、
  色再現も派手さこそないが、素直で十

  分に美しい。

 うまいことをお書きになるものである(笑)。こういう文章を読み慣れると、雑誌の商品紹介文を解読するツボがだんだんわかってくるものだ。

0204cp600 いよいよメガピクセル時代がはじまった(写真は1999年2月5日撮影)。

 やはり EPSON の CP-600 である。これまた型落ちで安いという理由のみで入手した(コンパクトデジカメに関しては、型落ち主義はいまも変わらない)。

 80万画素と120万画素ではたいしてちがいはないようにも思えるが、かなり画質は向上していた。色彩も CP-500 よりもぐっとあざやかである。

 しかし写真をよく見ると、雑誌のタイトルはさすがに読めるものの、活字が一段小さくなるともうダメ、読めそうで読めないから隔靴掻痒の感がある。これではまだまだメモ用には使えない、フィルムにはとてもかなわないなと思ったのもこの頃である。

990621c900z ついでにこちらはやはりメガピクセル機のオリンパス C900Z で撮ったもの(1999年6月21日撮影)。

 このカメラは職場で使用していたものだが、発色に独特のクセがあり、ズームレンズはありがたかったけれど、ぼく好みではなかった。

 EPSON にせよオリンパスにせよ、120万画素時代はまだまだデジカメはオモチャだったと思う。

000521dc280 ついに200万画素。この時期からは画素数がぐんぐん増えはじめ、なんとなくリッチな気分になったものだ。

 ぼくが入手したのは KODAK の DC280、たしか 30-60ミリ相当のズームレンズつきであった。

 写真は2000年5月21日撮影。

 このレンズはなかなか優秀だったし、色彩も痛快なくらいに派手、画面の比率もコンパクトにしてはめずらしく 3:2 という、実におもしろいカメラだった。

 しかし電源スイッチを切るたびに露出補正値がデフォルトに戻ってしまうという大欠点があり、派手に白飛びする写真を量産したから、だんだん使うのが面倒になってきたのである。

 画素数が増えて実用性は多少高まったものの、まだメモ用として使うには解像度が足りないことも不満だった。

 そんなこともあって、つくづくデジカメに嫌気がさし、ふたたびフィルム一眼レフを手にしたのが 2000年の7月だった。それ以降デジカメへの興味は急速に冷めてしまった。

060424e800_2 DC280 を手放したあとは、 Nikon の E800 という200万画素機をときどき使っていた。

 ときどきというのは、2001年から2002年にかけては、写真の9割をフィルムカメラで撮っていたからである。

 E800 は画像のシャープさが売り物で、それなりに人気のあるカメラだった。

 色彩はひどく地味なものだったが、モノクロで撮ると渋い味わいがある。

 この写真は2006年4月26日に撮影したもの(なんとこのカメラ、2003年から2006年までは、本棚の隅に眠っていたのである)。

041129ixy320 ぼくのデジカメ氷河期にふたたび春がめぐってきたのは2003年の4月のことであった。

 またしても型落ちで購入したのはキヤノンの IXY 320 digital 、遅まきながら300万画素機を手に入れたわけである。

 このカメラはいつも持ち歩いて、もっぱら仕事に活用したが、300万画素ともなると、さすがにメモ用として使えると思った。2000年以後の数年間に、デジカメはずいぶん改良されていたのである(写真は2004年11月19日撮影)。

 しかしもう少し足りないものがあり、溝に落ちたネジに手が届きそうで届かないといったもどかしさが残っていることもたしかだった。

 -お客さん、どうです、あと100万出しませんか?

 100万円ならとても工面できないが、100万画素ならたやすい話だというので、翌2004年2月に購入したのが400万画素のキヤノン A80 である。

050517a80 しょうもない写真(2005年5月17日撮影)で申し訳ないが、これを見て猛烈に焼肉を食べたくなったので……(笑)

 はじめてデジカメを買ってからわずか6年にして400万長者になり、欲の深い男もやっと納得することができたのであった。

 ここまで写ればまず文句はない。いくら細かい欠点はあろうとも、工夫次第では十分いける。これからはカメラを磨くのではなく、腕を磨かなければならない……そう思ったのである。

 今やコンパクトデジカメも1000万画素時代だし、ぼくが現在使用中のものも800万画素機である。しかし400万画素では写真が撮れぬというなら、2000万画素だって撮れやしないだろう。

 カタログを捨てよ、焼肉屋へ、いや、マチへ出よう。

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January 03, 2009

Daily Oregraph: 正月特集 デジカメ十年一昔

9806shichozaka_2 ラスカベツさんからリクエストをいただいた、支庁坂下エンパイアー・クリーニング向かい角の建物の写真だが、古いファイルから順に探したら、なんと富士写真フイルム製の35万画素機 DS-20 で撮った写真(1998年6月21日撮影)がみつかったので掲載する。

 もっと新しい写真もあるはずだが、それはいずれお目にかけるとして、急遽正月特集を組んで、昔のデジカメ(この世界では10年が半世紀にも相当するように思う)をしのぶことにしたい(笑)。

 DS-20 は、ぼくが最初に買った記念すべきデジカメである。現物は仕事中釧路港に水没したという悲劇のカメラ、説明書はどこかにあるはずだがみあたらない。

Ds20spec そこでアサヒカメラ1997年7月増刊号『
デジタルカメラ パーフェクトガイド '97夏』からデータを引用させていただくことにした。

 タイトルがふるっている。

 
作品作りにも使える
 高機能高画質な35万画素新標準


 高画質というだけあって、予想実勢価格なんと5万4000円(!)とあるけれど、ぼくが買ったときは型落ちで、その半額くらいだったと記憶している(それにしても今思えば高い!)。

 山田久美夫さんの解説記事によれば、

  
 画質は35万画素クラスのなかでもトップレベル。
  解像度の高さもさることながら、色再現性と階調
  再現性が大幅に向上したことで、実に自然で写
  真的な絵作りになっている。


ということなのだが、現在の水準から考えれば、いくらなんでも無茶なほめようである。しかし当時は業務用の高級品はともかく、一般向けデジカメの写真はどれもひどいものだったから、山田さんを責めるのは酷というものだ。

 そうはいっても、使えば使うほど失望し、これはアカン、写真じゃないと思ったぼくは、しまいに見切りをつけてふたたびフィルム一眼レフを手にしたのであった。

 明暗の再現幅がフィルムに比べて狭いこともあるけれど、とにかく画素数が絶対的に不足していた。なにを撮ってもガタガタの点描画になってしまうのだからどうしようもない。

 最近のようにむやみに画素数を増やすのもどうかと思うが、やはりまともな絵を出すには、経験上100万画素ではダメ、200万画素でもまだ足りず、300万画素でもう一息、結局最低400万画素程度は必要だろう。

980704menu なあに35万画素でもメモ用としては十分といいはる人もいたけれど、メモにもなにも、まともに文字が読めないのだから話にならなかった。

 ウソだとお思いなら、某大学の生協食堂の値段をごらんいただきたい。値段がはっきりわかるのは手前のほうだけ、まん中へんもなんとか判読できるが、左端はまるで数字になっていない(1998年7月4日撮影)。

 こんな情けないカメラに大枚を投じ、画素が増えるたびに貯金を減らしてきたぼくたち先駆者(笑)のおかげで日本のデジカメ産業は発展を遂げ、今日に至っているわけである。

 あたりまえのような顔をして携帯でパシャパシャ撮りまくっているおばさまたちには、ちっとは感謝していただきたいものだと思う。

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Daily Oregraph: 2009-01-03 相生坂(旧日赤坂)

090103nenpoji_2  12月30日の記事にラスカベツさんがお寄せくださったコメント中にある念法寺。

 門に掲げられた文字をはじめて確認したところ、「宗教法人 念法眞宗 釧路念法寺」とある。

 ネット検索してみると、仏教系新宗教の一派らしい。

 写真右手に見える駐車禁止の標識が相生坂(旧日赤坂)のはじまりである。

090103aioizaka1_2 現在念法寺のある土地にはもともと日赤病院があったところから、この坂を日赤坂と通称していたわけだが、もはや地元でもこの名を知る人は少ない。ぼくやラスカベツさんが最後の生き残りだろう。

 日赤病院が移転したあと、ここには一時期東映ホテルが営業していた。たしかボウリング場を併設していたと記憶している。

 その東映ホテルもやがて駅前に移転し(現在はない)、ながらく空地のまま放置されていたところへ突如念法寺の建物が出現したのはいつだったか、比較的最近のことであったと思う。

040417thotel_3 この写真は当社考古学資料室が誇る貴重な一枚……といっても、ふつうの人ならこんなものにカメラを向けやしないだろうが。

 2004年4月17日に、上の写真右手の草むらで撮影したもの。

 当時すでに東映ホテルは駅前からも撤退して久しく、朽ち果てて倒れた看板だけが残っていたわけである(現在はもちろん撤去されている)。

090103aioizaka2_3 さて坂を下るとすぐに崖に突きあたり、そこで左右二方向に分岐するが、いずれも南大通に通じている。

 ぼくはそこからもっぱら右手に折れて、坂を下りきったところにはかつて自転車屋さんがあった(現在ご主人のIさんは神奈川県にお住まい)。

 そこからすぐに南大通。喫茶店ラスカベツは目と鼻の先である。

550725nissekizaka_2 1955年7月25日撮影の日赤坂(亡父が撮影したもの)。

 この写真は以前別の記事に掲載したものだが、どうかクリックして大きめのサイズでごらんいただきたい。

 これを見るたびに、たまらなくなつかしさがこみ上げてくる。夕日を浴びながらつかんだ木の手すりの感触がよみがえってくるのだ。

 五十年! 人間わずか五十年といっても、半世紀を生き抜くのは案外たいへんなことだと思う。

 その証拠に……憐れむべし紅顔の美少年も、いつしかくたびれ、やつれはて、日赤坂の景色が一変したように、ある日ふと鏡を見れば、そこには見知らぬおじさんの姿があり(笑)、愕然として立ちつくすのである。

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January 02, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-02

Pictures 写真の整理に予想外の時間がかかり、正月休みには終わりそうにもないので、無理をせずゆっくり進めることにした。

 よくもこれだけへたくそな写真を撮りためたものだと、われながら呆れている。自分の写真を客観的に眺めると、悲しい話だけれど、たくさん写真を撮れば上達するというのはウソであることがわかる。

 スポーツにせよ芸事にせよ、むやみにつづけたってダメ。天分に恵まれぬ凡才としては、ふだんから工夫を怠らず、意識的に修行しなくてはうまくなるわけがない。

 しかし「あんたはね、才能ないからダメ」といってしまっては身も蓋もない。芸術をめざすからダメなのであって、淡々と記録をつづけるという道だってある。

 五年や十年ではたいして評価されなくとも、そうだなあ、三十年もつづけたらたいしたものだと思う。ぼくはまだ十年ちょっとだが、うまくいけばあと二十年近くは生きられるだろう(たぶん)。

 二十年たってごらん、

 -あいつの写真はあいかわらずヘタクソだけど、三十年もマチを撮りつづけたんだからえらい。立派なもんです。どうだい、ひとつ表彰してやろうじゃないか。

という奇特な人が現れるかもしれない(笑)。

 薄氷堂もさるもの、小刻みに震える手を差し出して、

 -表彰状なんぞいらないから、芋焼酎をくれんか。

 正月早々バカをいっている場合じゃない。整理している途中でみつけた写真から、今夜は二枚ほど超ローカルなものを選んでみた。

000503empire まずは2000年5月3日に撮影した支庁坂。

 よくごらんいただきたい。このときにはエンパイアー・クリーニングの大煙突(矢印)はまだ健在だったのである。

 ついでにいうと、エンパイアーの向かい側、写真では右側の角地が空き地になっているけれど、ここにはもと古い建物があった。

 ぼくはその建物の写真も撮っている。しかし情けないことに、そちらは80万画素のデジカメで撮影したガタガタの写真なので、今回は掲載しないでおこう。

000507futoiriguchi さてこの写真の場所をご存じの方はおいでだろうか?

 2000年5月7日撮影の北埠頭入口(釧路ガスの交差点。)。

 飲食店がいくつか集まったこの一角は、きれいさっぱり姿を消してしまった。

 なんとなくおわかりいただけただろうか。こういうマチの記録を意識的に撮りつづければ、少なくともローカル的な価値は生まれるだろうとぼくは考えているのである。

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January 01, 2009

Daily Oregraph: 2009-01-01 餅ひとつ……

090101osechi 狸みたいな腹をさすりつつ、

  
餅ひとつ減らす今年の雑煮かな  薄氷堂

 せっかく7キロ減量したというのに、昨年秋ごろからぐんぐん体重が増えはじめ、3キロももどってしまった。

 そんなわけでめでたさも中くらいだが、無事新年を迎えることができたのはなによりである。今年もまたどうかよろしくおつきあいのほど。

090101itsukushima 腹ごなしのため厳島神社まで歩いていったら、ごらんのとおり、人間をうま煮にしたような混みようであった。

 ぼくは不信心なうえ行列が大の苦手だから、お参りは家人に任せ、例によってしょうもない写真を撮りながら待つことにした。

 
090101omikuji 枯れ木に咲くおみくじの花。

 このおみくじだが、家人によれば、去年は100円から買えたのに、今年は200円からだそうな。

 宝くじはさっぱり当たらないけれど、おみくじの大吉はかなりの確率で混じっているから、あまり損をしたような気分にはならないのだろう。

 信ずるものは救われる。

 家人の買ったおみくじ、どちらも大吉だったのに、たいして喜ばないぼくは救われない(笑)。

 
090101shishi この獅子、足にご注目いただきたい。

 前足が運動靴、後足がゴム長靴という珍獣である。

 ゴム長は北海道らしくていいのだが、できればブランド品であるミツウマ印の長靴をはいてほしかった。

 とまあ、新年早々たわいのないことを書いてしまったが、せっかくの休みをムダにはできないから、約十年分の写真を整理しようと思っている。おもしろいのがあったら何枚かお目にかけたい。

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December 31, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-31 宝船

081231itsukushima 大晦日は上天気になり、まずはめでたい。

 厳島神社の鳥居に招福宝船が取りつけられたという新聞記事を読んだので、どんなものかと見物にやってきた。

 今まで不勉強で知らなかったのだが、道新の記事によれば、この神社の主祭神は宮島の厳島神社の御分霊である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)。

081231itsukushima1_2

 
 

  
 茅の輪は毎年目にしているけれど、宝船は今年はじめて登場したものである。

 船首を恵方(東)に向けて、鳥居から釣糸で吊してあるとのこと。1月15日まで設置するらしい。





  

081231itsukushima2_2 恵方である東に船首を向けているということは、この写真では右側が船首。

 茅の輪を礼拝してくぐったら、もう一度宝船の下で手を合わせるのが作法だという。不作法の段ひらにご容赦のほど。

 宝船に乗っているのは七福神ではなく松の枝。不信心者のぼくでもなんとなくめでたい気分になるところが日本人のあかしなのだろう。
 

081231accessdata 宝船のご利益かどうかはしらないが、不況の年の暮れにもかかわらず、当ブログのアクセス数がこの数日急上昇した。

 超マイナーな当ブログとしては驚天動地のできごとゆえ(笑)、ふしぎに思って調べてみると、ぼくの一眼レフ ストラップの取りつけかたという記事を、奇特な方が価格コムの掲示板に紹介してくださったのである。

 もちろん一過性の現象だから、今日あたりからもとにもどるはずだが、ありがたいことにはちがいない。田舎の小さな神社の賽銭箱にある日どっさり銭が投げ込まれていたようなものである。

 この一年アクセスしてくださったみなさまには厚くお礼申し上げるとともに、神主のぼくが輝かしい新年を保証させていただこう。汝ゆめ疑うことなかれ。

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December 30, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-30 煙突はいま? (2)

081230fujimizaka 物好きにも朝一番に富士見坂へ出かけたのは、もちろん昨日掲載した写真の場所を確認し、50年後の景色を撮影するためである。

 超ローカル紙ならではの好企画と自画自賛しておこう(笑)。

 釧路の達人ともなれば、どこからカメラを向けたかは一目でわかる。○印の位置から矢印の方向を撮影したことはまちがいない。

081230fujimizaka2 しかしなんたること! これでは50年前の写真とは比べようがないではないか。

 実際にはもっと右手に移動して撮らねばならぬのだが、それでは木の枝がじゃまして写真にならない。

 ときおり雪のちらつく陰鬱な空の下、ガッカリしながらも、よくよく考えてみれば、画面中央のマンションが建ったのはもうずいぶん昔のことである。

 建物が視界をさえぎって、まともな写真にならぬことは最初からわかりきっていたはずなのに、釧路の達人とはとんでもない。古い写真に影響されたのだろう、遠くまで見通せるような錯覚に陥っていた。

 このマンションが建つ前はS医院があって、そこの息子は高校の同級生だったから、よく遊びに行ったものだ。あるとき風邪をひいたら、S君がうちに寄っていけというのでおじゃましたところ、お父上が注射してくださったことを思い出した。

 保険証を所持していなかったのに、無料で診察していただいたのであった。もう時効が成立しているから(笑)書いてもさしつかえないだろう。古きよき時代の話である。

081230empire さて肝腎のエンパイアー・クリーニングが見えなくてはお話にならないから、支庁坂を下って工場の建物を撮る。

 かつての大煙突は姿を消して、ずいぶんコンパクトになっている。

 意外だったのは建物である。屋根のトタンは葺き替えてあるし、外壁も補修されているが、建物自体は50年前のままなのだ。隠れた文化財といっていいかもしれない。

081230empire2 ついでにエンパイアー・クリーニングの向かいにある路地を記録しておく。

 ここをまっすぐ進んで突きあたるのが相生坂(旧日赤坂)である。

 相生坂というのはいつだれがつけたのか知らないけれど、どうも老人施設の名称みたいでおもしろくない。

 古くからの住民にとっては、日赤坂のほうがなつかしいのである。


 
081230minamiodori エンパイアー・クリーニングの店舗。

 正面南大通、右が支庁坂である。

 釧路は幣舞橋の南側から開けた都市だから、このあたりもかつてはにぎやかなマチだったのだ。

 年の瀬にさびしき街を歩きけり、というところだろうか。なんとなく熱燗一杯しみじみと味わいたい気分である。

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December 29, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-29 煙突はいま? (1)

Minamiodori_2 机の引き出しを片づけていたら、こんな写真が出てきた。

 印画紙のサイズは実測 9.2 cm × 13 cm だから、いわゆる手札判くらいの小さなものである。

 たぶん父が通勤途中に富士見坂からカメラを米町方向へ向けて撮ったものだろうと思う。

 撮影時期は不明だけれど、TVアンテナらしきものの数が極端に少ないから、1950年代後半あたりではないだろうか。季節は明らかに冬。

 エンパイアー・クリーニングは今でも同じ場所にあるが、煙突はもうなかったような気がする(記憶のあてにならぬことかくのごとし)。

 煙突の右手奥に見える望楼風の建物はなんだろうか? さらにその右側に霞んで見える南大通の商店街は、ほんの一部しか写っていないが、ぼくにはなんとなく当時のにぎわいが伝わってくるように思える。

 なにげなく撮られたメモ風の一枚だが、こういうのをじっくりながめるのも写真の楽しみのひとつにちがいない。

 エンパイアーの煙突を確かめる必要もあるし、さっそく明日取材に行かなくてはなるまい(笑)。

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December 28, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-28 歳末パトロール

081228nikkor35mm 寒い。冷たい風が容赦なく吹きつけてくる。

 しかし行かねばならぬ。

 頼まれもしないのに、奇妙な義務感に駆られ、MF単焦点レンズ一本取りつけたカメラを片手に、歳末の北大通パトロールに出かけたのだが……

 寒い。冬が寒いのはあたりまえにしても、寒い。手袋をはめているのに、だんだん指がしびれてくるのである。

081228kitaodori01 歳末パトロールをしているのはぼくだけではなかった(笑)。

 なにげなく撮った一枚だが、よく見ると北大通の現状があらわれているように思う。

 とうとう北大通に出現したコンビニ。ホテルだらけになったマチ。あちこちでみかける貸物件や貸室の看板やビラ。
 
081228kitaodori02 本日のパトロールの目的は、ブログのネタさがしというより、古くからあるお店の記録である。

 ここ数年、いつのまにか姿を消してしまう商店が少なくないため、意識的に記録する必要を感じているのだ。

 お断りするまでもなく、いくら北大通がさびれたとはいっても、営業中のお店はこれだけではなく、ほんの一部を掲載したにすぎない。

 どこにどのお店があったのか、今となってはなかなか思い出せないが、北大通は来るたびに櫛の歯が抜けたようにさびしくなっており、鼻水を垂らしながら、なぜか言水の
(こがらし)の果はありけり海の音という句を思い出した。

081228kitaodori03_2 東京のように人が多すぎるのは疲れるけれど、こうも人影まばらではさっぱり元気が湧いてこない。

 正月の飾りつけがすんだ釧路駅に着いたときには、正直ホッとした。

 駅舎内は帰省客らしい人々でにぎわっており、閑散とした北大通を歩いてきた男にとっては、単純にうれしいのであった。

 駅はこうでなくちゃなあ。

 ドーナツのチェーン店が撤退したあとのスペースでは「SL & 沿線物産展示会」なる催しが行われていたので、見物しながら冷えた体を温め、ふたたび寒さの中へ。
 
081228kitaodori04 車を停めてある港文館近くの駐車場めざして戻る途中、行きとは反対側の通りの商店をカメラにおさめたのだが、なにしろ記録写真だからおもしろみに欠け、いちいちお目にかけるのはよしておこう。

 せっかく来たのだから、忘れずに定点撮影。

 この寒さである。マネキンのおねえさんたちも完全武装していた。
 

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December 27, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-27

081227shopping_2  年末の買い物につきあうのは法律を超越した義務だから、言論の自由がどうの、思想・信条の自由がどうのと、こどもじみた理屈をこねている場合じゃない。

 -ハイハイ、行きますとも。

 この義務を果たさなければ、ぼくの生存権は保証されないのである。

 この時期魚屋さんでは、タラバガニと並んで真ダコの脚なんぞを売っているが、これがなかなか結構なお値段である。

 そういえば釧路では年末年始にタコを食べることが多いようだけれど、脚が八本で末広がりだから縁起をかついでいるのだろうか。

 たかが脚一本といえども値段相応のボリュームがあり、薄くスライスして刺身にすれば、とても一度では食べ切れまいと思う。

 タコに関しては、ぼくはあれば食うなければ食わないという中立的な立場を貫いているから、ただながめるだけ。そのせいか大枚を投じてタコの脚を買った記憶というのはないけれど、正月にタコの刺身を食べることがよくあるのは、たぶんどなたかからいただいたものだろう。

 もちろんカニであれタコであれ、くださるのであれば喜んでちょうだいするつもりだから念のため。芋焼酎を用意してお待ちしている(笑)。

081227shopping2 今日はスーパーを三軒も回ったのだが、どのお店もふだんの土曜日よりレジが空いていた。

 不景気の影響なのか、それとも年越しの買い物は明日にしようと考えている人が多いのかどうかはわからない。

 景気が悪いとかえって縁起物が売れるかもしれないなどと思いつつ、例年どおり一枚パチリ。

 このたびの大不況の影響が深く広く及ぶのは来年以降じゃないかという、いやな予感がするけれど、とりあえず正月はめでたいということにしておこう。そうでなければやりきれない。

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December 26, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-26

081226sake 尾道市は備南酒造の原酒(なぜか銘柄は不明)。

 会社にある神棚のお神酒としていただいたものなのだが、お神酒はすでに用意してあったため、ぼくの手に渡ったのである。

 わが家には神棚はないし、ぼくは年中正月みたいにめでたい男だから、正月を待たずにさっそく味わうことにした。

 人間一歩先は闇、明日はどうなるか知れたものではない。悔いを残して死ぬほど愚かなことはないから、お酒をちょうだいしたら ASAP (できるだけ早く)消費するのが正しい道だと思う。

 おお、コクがあってうまいじゃないか。夕べに酒を飲めば朝に死すとも可なり、だね。

 バックに写っているのは、たまたま食卓にあったもの……吾輩は煮物である。名前はまだない。

 ほんとうになんというのだろうか? 高野豆腐、ニンジン、コンニャク、椎茸、鶏肉などを煮た(関西風にいえば、焚いた)もので、日本酒との相性は悪くない。

 さて、明日は外で写真を撮れるだろうか?

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December 25, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-25

081225shishamo 今日こそはブログを休もうと思ったのだが……スコップさんが広尾でシシャモを買ってきてくださったのでパチリ(三脚を使えばよかった……)。

 ネタに困ったときはスコップさんが頼りなのである(笑)。いつもながらご協力に感謝。

 伝統的な干し方なのでほんの少し固めだけれど、そこがいいのだ。さっと干したものとは別の味わいがあってとてもなつかしく、上等の酒の肴である。

081225kinpira せっかく二階からカメラを持ってきたんだから、ついでに食卓に並んでいたキンピラゴボウを撮る。

 これもね、酒の肴として悪くないんだ。すりゴマをふりかけて食べるとなかなかよろしい。

 シシャモにキンピラはいかにも健康によさそうな取り合わせだが、問題はアルコールだな。引き算をしたらゼロになりそうな気がする(笑)。

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December 24, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-24

081224msky  船をみつめていた
  ハマのキャバレーにいた
  風のうわさはリル……


 残念ながら、リルなどいやしなかった(笑)。

 昔は船乗りなじみのバーのおねえさんが岸壁に並んでさかんに手を振る光景をたまにみかけたのだが、今やまことにつまらなき世の中、外航船の岸壁には関係者以外は立入禁止だから、船を見送ったのは例によってぼくひとりだけであった。

  
誰かリルを知らないか?

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December 23, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-23

081223fukko 今朝も気嵐(けあらし)が立った。

 出社の途中、副港で一枚シャッターを切ったのだが、どうも気が乗らない。

 結局今日はこの一枚だけ。低調である。

 こういう日は外出を控え、年賀状づくりに専念することにした。

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December 22, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-22

081222shochu 芋焼酎とレバニラ炒め。

 このお店のレバニラ炒めは実にうまい。ぜひ食べなければならない。食べるからには飲まなければいけない。

 酒飲みの神聖なる義務なのだ。

 
   
081222suehiro 散々飲んで、帰りがけに一枚。

 人が少ない?

 いや、新橋とくらべてはいけない。今夜はこれでもなかなかの人出なのである。

 雪の少ない釧路だが、いつのまにか雪景色になっていた。

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December 21, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-21

081220msky1 午前6時26分。

 今日の日の出は6時50分だから、まだかなり暗い。

 これが夏だったらとても早起きとはいえないけれど、今の時期だと人の倍働いているような錯覚に陥る(あくまでも錯覚ね(笑))。

 

081220msky2

 今日は綱取りボートの活躍をご紹介したい。

 地味な作業船だけれど、スムーズに船を着けるうえで大きな役割を果たしている。

 綱取りボートのない小さな港では、もっぱらサンドレッドのお世話になるわけだが、当然作業の手間は余計にかかる。

 毎晩高級ホテルのバーに通っているえらいさんはこういう場面を見ることなどないだろうから、えらくないぼくが撮影してお目にかけるわけである。
 
 
081220msky3 
 オモテ(船首)のロープを取り終えるとボートはトモ(船尾)へ向かう。

 この作業は、いつもながらついみとれてしまうのである。

 

 
 

081220msky4 
  

 かくして船は無事に接岸し、今日もセキュリティ・チェックポイントを撮影することができた。

 みなさん朝早くからほんとうにお疲れさま。

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December 20, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-20

081220gsplendour

 

 
 揚荷終了直前、ハッチ仕舞いのため待機する乗組員。

 
 
 
 

081220gsplendour2

 
 

 
 荷役が無事終わり、ドラフトサーベイの結果を真剣にチェックする船長と一等航海士。

 
 
 
 
 

081220gsplendour3 そして出港(UFOみたいに写っているのはカモメ)。

 というわけで、今夜はドキュメンタリ・タッチにしてみた。

 明日は早出だから、これから一杯やって寝るつもりだが……そちらの写真はいらないよね。

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December 19, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-19 東京パトロール (3) 神田疲労編

081209kanda1_2 雨が降る前にどこかJRの駅にたどり着こうと、ひたすら歩きつづけた甲斐あって、やがて目の前に神田駅が現れたときにはホッとした。

 まだ天気がもちそうなので、最後の元気を奮い起こして駅の周辺をパトロール。

 この駅はよく見るとクラシックな建物で、実に味わいが深い。

 かつて一面に政治ビラが貼られていたはずの壁面には、失踪したネコの情報を求める貼り紙一枚だけ。時代は大きく変わった……今さらながらそう思う。
 
081209kanda2 なんといったらよいか、駅周辺の異様なゴチャゴチャ感には、裏通り派の血が騒ぐのであった。

 ここもまた再訪する値打ちがあるなと胸に刻みつつ、なおも疲れた足を引きずって歩く。

 昼間歩いてもこれほどおもしろいのだから、夜間パトロールはどんなに愉快だろうか(笑)。
 
081209kanda3
 ここには人の匂いがぷんぷん漂っている。

 マチが姿を消した釧路からやってきた男にとっては、まるで夢の世界といってもよく、軽いめまいさえ覚えるのであった。

 
081209kanda4 ああ、ここなら朝から晩までいてもいいなと思ったけれど、さすがに疲労困憊、涙を飲んで駅前の喫茶店ルノアールに撤退し、30分ほど休憩した。

 この喫茶店はあちこちにあるけれど、昔品川駅近くのルノアールによく行ったことなどを思い出しながらコーヒーを啜る。


081209kanda5 やがて客がだんだん増えて、店内はほぼ満席。

 今どき喫茶店がいっぱいになるとはさすが大都会だなと思って店を出たら、雨が降っていた。雨宿りの客が多かったのだろう。

 傘の用意はあったのだが、ぼくは大の傘ぎらいだから今回のパトロールはこれにて打ち切り。雨さえ降らなければ、もうひと回りしていただろう。

 次回のパトロールは……浅草で買った宝くじが当たってからだな(笑)。

 (2008年12月9日撮影)

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December 18, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-18 ひと休み

081209kaminarimon 東京パトロール神田編は明日以降ということにして、本日はひと休み。

 フィルムカメラからデジタルカメラに替わっても、庶民にとって写真とはふつう記念写真を指すことに変わりはない。

 商品写真でもないのに焼酎のビンを撮ったり(笑)、せっかくのスープが冷めるのにパチリとシャッターを切ったり、地べたに膝をついて植物を撮ったり、一文にもならぬのにまったくご苦労なことである。

 ごらんなさい、楽しそうに写真を撮りあう、この女学生たちを。これだよ、これですよ。

 ああ、ぼくも仲間に入れてほしかった。

 -ダメ、やっぱり?

(2008年12月9日撮影)

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December 17, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-17 「抜き」の話

081217kashiwanuki 以前ちょっと触れたことがあるけれど……ご存じ竹老園のかしわ抜き。これはたいへんうまいスープである。

 かしわソバから「かしわ」ではなく「ソバ」を抜くのだから「ソバ抜き」じゃないかという疑問を、ぼくは長年抱いていた。

 解決したってなんの足しにもならぬ疑問ではあるが(笑)、この「抜き」という表現は、「肝腎のものを抜いてすませる」という意味で昔から使われていたらしいことがわかったのでご報告したい。

 博覧強記の見本みたいな三田村鳶魚(えんぎょ)翁の「ぬき」という小文(中公文庫『江戸人物談義 鳶魚江戸文庫20』所収)には、
 
  
 「抜」といふのは、餅を入れない汁粉、蕎麦を入
  れない花巻玉子とぢの類


とあり、蕎麦の例はまさにかしわ抜きにぴったり(結局はかしわソバのソバ抜きということ)。ほかに例として、

  
 鳥鍋の「抜」は葱計(ばかり)を煮、花見の「抜」
  は、団子も喰ふべからず、戯場(しばゐ)の「抜」

  は看板で事が済み、娼妓の「抜」は素見(ひやか
  し)で帰る云々


いずれも給料袋の中身が空だったというくらい、大いに不満の残りそうな話である。

 竹老園も通になると、かしわ抜きなどとはいわず、ただ「抜き」とだけいうのだが、先日ある方が通ぶって、

 -おねえさん、「抜き」をひとつ。

と注文したところ、運ばれてきた「抜き」のふたを開けると、ただネギが浮かんでいるばかりなので、おねえさんをにらみつけると、

 -かしわも抜いておきました。

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December 16, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-16

081213chairs_3  本日の東京パトロールは休載。

 -そりゃ勝手だけど、なんだいこのテーブルと椅子は?

 -田舎者はいやだね、ほんと。君ね、道立釧路芸術館へ行ったことはないのか?

 なんてね……実はぼくも13日に初めて芸術館へ入ったのである(笑)。日ごろ芸術とは縁遠いことかくのごとし。

 棟方志功展開催中だったけれど、この日の目的は柴瑞恵さんのピアノリサイタル。ひさびさにピアノの豊かな響きを味わった。

 モンポウ(Mompou)という作曲家の曲を初めて聴くことができた。いつでもどこでもCDが手に入る有名どころもいいけれど、めったに聴けない作品を紹介してくださる選曲のすばらしさに感心。こういうセンスが釧路には必要なのだと思う。

 センスのないぼくは、今夜は一杯やって早めに寝ることにしたのである。

 -なんだ、また芋焼酎かよ?

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December 15, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-15 東京パトロール (3) 食事編

 「東京ラーメン」という看板にひかれて、ついフラフラと店内に入ったのだが、実はたいして期待してはいなかった。

 しかし看板を見るたびに入ればよかったと後悔するよりはマシだし、経験上まずくて食えないラーメンはめったにないから、深手を負うことはあるまいと踏んだのである。

081208lunch 予感的中して、うまいかというとうまくはないものの、まずいかといえばひどくまずくもなく、よくまあこれほど平凡な味にできたものだと妙な感心をした。

 昔東京の某所で食べたラーメンもそうだったけれど、サヤエンドウがぷかぷか浮いているのはおもしろい。これが東京風なのだろうか。

 縮れのない細めの麺はまるで冷麦のようで、釧路人の嗜好にはあまり合わないと思う。だがこのへんは人によって好みの分かれるところかもしれない。

 結局のところ、こんな答案じゃ合格点はつけにくいが、落第させるのも気の毒だからCをつけておこうかという大学の先生みたいな気分で食べ終えたのであった。

 セットになっていたチャーハンは残念ながら赤点。これね、チャーハンじゃないよ。でも平らげたけどね(笑)。

081208mimiu1 東京ラーメンの不満を解消すべく、夕食はこういうしゃれたお店でうどんすき。

 一介の東京パトロール隊員には分不相応の食事であるが、日ごろの勤務態度がいいからありつけるわけである。

 この晩は勤務態度抜群の隊員がほかにも数名(笑)あい集ったのであった。

081208mimiu2_2 このお店の売り物は凍結酒。少しずつ融けたところを飲むのである。

 北海道の厳寒期には日本酒がシャーベット状に凍ることがあるけれど、このお酒は最初から-20℃で凍結保存するらしい。

 バックに写っている渋い隊員は同僚のY氏。ぼくにカメラを向けられたのが因果とあきらめていただきたい(笑)。

 コンパクトデジカメはボケないから、ご本人のプライバシーを尊重し、レタッチ・ソフトで全体をぼかしておいた。男前であることがわかる絶妙のボケぐあいにとどめたのはぼくの手際である。

(以上 2008年12月8日撮影)

081209lunch_2 さてパトロール中にゼイタクは禁物である。

 グルメ指向や食べ過ぎなどはもってのほか、ささいなことも見逃さぬ観察力を保つためには、禁欲的であることが要求されるのだ。

 とまあ、えらそうなことをいったけれど、実はこの日は午後から雨の予報だったので、時間が惜しかったのである。

 銀杏岡八幡神社という、浅草橋にある小さな神社の境内で石段に腰かけ、はらはらと舞い落ちるイチョウの葉をながめながら食べたカレーパン、いや、なかなかうまかった。

(2008年12月9日撮影)

 話のもっていきようではあと3回くらい記事を書けるのだが、人間あまり楽をしてはいけないから、次回の神田編でこのシリーズをおしまいにしようと思う。

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December 14, 2008

Daily Oregraph: 2008-12-14 東京パトロール (2) 新橋徘徊

081208shinbashi1 徘徊とは人聞きの悪い、パトロールだよ、パトロール。

 この夜は新橋で会食の予定だったのだが、おまえ、先に行って取材でもしていろ、という隊長の指示があったのである。

 待ってましたとばかり出動したのは、忠実なる部下としてはけだし当然であろう。
 
081208shinbashi2 駅前広場には電飾を施された蒸気機関車が……はてな、クリスマスにSLを飾るとは?

 帰りがけにその話